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7月16日(水)
▼ 薬作の学生からメールがあり、薬作HPが更新されたとのこと。なかなか手が込んでいて見栄えがする。というわけで、私も今日から何かはじめようかと思い立ってこの日記を書いている。いつまで続くかわからないがまあ良いだろう。
▼ 午前は予想外に肌寒かったが午後はマンハッタンらしい蒸し暑さに戻った。
▼ 午前中のうちに、Abetaの改訂論文をAB君が手直ししてくれたので、Naunyn-Schmiedeberg's Archives of Pharmacologyに再投稿した。たぶん近いうちに受理の知らせがあるだろう。
▼ あとはGlosterの論文の再投稿のために必要な膨大なデータ整理だ。あまりの量になんだかやる気が出ずに、SejnowskiのWorking Memoryに関するreviewを読んで逃避。結局、データ整理は自宅へ持ち帰るはめに。
▼ SF君からこれから発展しそうなデータを見せてもらった。期待できそうだ。
▼ 夕飯はこちらにきて初めて作ったお好み焼き。うまかった。


7月17日(木)
▼ Gloster のデータ整理。20個のムービーのうち解析できたのは8個だけ。残りはDVD-Rバックアップから読み出せなくなっていた。おかげで仕事量が減って楽になった。。。が、しかし、バックアップというのは意外に確実なものではないんだなあ、とちょっと怖くなった。
▼ 新しいドメインを獲得。http://hippocampus.jp という名前だ。本当はneuronとかbrainとかsynapseにしたがったが先約があって、結局、hippocampusに。ちょっと長いけど、まあ気に入っている。自分のHPを近いうちにすべてこちらに引っ越ししようかと思う。
▼ 夜はJAKさんの論文を改訂して、これを投稿してもらうように頼んだ。これはまだ予断を許さない状況だけに、無事受理されることを祈るばかりだ。にしても、この雑誌はいまだにonline投稿ができないのか。


7月18日(金)
▼ わりと凌ぎやすい天気だった。Yahoo天気予報を見たら、しかし、東京は最高気温25度前後の毎日らしい。うらやましい。
▼ DmitryiがGlosterのデータを予備保管していてくれたので全部で17個のムービーを解析することができた。よかったよかった。
▼ 午後は自分の論文書き。
▼ Carlosが8月のJ Neurosciの表紙を飾ることに。
▼ 夜は10時からJasonの誕生日パーティー。場所はロウワー・イースト。でもスタートがとちょっと遅めなので、その前にブルーノートに寄った。
▼ブルーノートは NYでは初めて経験。今日はアブドゥーラ・イブラヒムというピアニストがトリオで出演していた。彼ってかつてダラー・ブランドという名であの「アフリカン・ピアノ」を録音した人では?偶然とはいえちょっと得した気分。先月末はJVCフェスティバルでハービー・ ハンコックに感動したばかり。ジャズっていいなあ。
▼ その後はパーティー会場まで歩いて行った。入り口に「Health Salon」と書いてあってかなり怪しげ。入ってみるとムードのある洒落た隠れ家的バーだった。にしても入り口で偶然に店員さんに出会わなかったら中にはきっと入る勇気はなかっただろう。今日来ていたメンバーにはKandel研やらSiegelbaum研やらの若手も混じっていた。


7月19日(土)
▼ 自宅にこもって論文書きのための下準備。前頭前野を全面に出すか、回路機能を全面に出すか悩む。この論文はGlosterの論文に決着を付けてから投稿するとRafaは言っていたので、投稿はいつになるのやら。
▼ 高校時代に覚えた英単語の再確認。ようやく一通り終える。あとは忘れていた単語をもう一度覚え直さねば。
▼ ホームページのコンテンツをちょっとだけ変えたのだが、不覚にも意外と時間が掛かってしまった。
▼ 夜はいつものイタリアレストランに行って、その後はメトロポリタン歌劇場で、ゲルギエフ&キーロフによる「エウネーギ・オネーギン」を観た。前回観た「ホバンシチーナ」ほどの衝撃度はないけれど、親しみやすさではオネーギンのほうが上。つねづね私は「世の中の美しいメロディーの9割はオペラの中にあるのでは」と口にしてきているが、オネーギンはまさにそれの実証のようなオペラ。今日は初めてGrand Tierと呼ばれる席で堪能した。直線図形を多用した近代的な演出が意外と良かった。にしてもゲルギエフはすごい指揮者だ。
▼ 今日ふと気付いたのだが英語の「結婚する(している)」に相当する表現はふつう「get (be) marriged」だ。よく考えたらこれって受動態。なんで「受け身」なんだ?(もちろんI marry herの文型もあるが)。「生まれる(be born)」は日本語でも英語でも「受動態」。これは理解できる。でも、なぜ「結婚」が受け身?これって 「God marry me with her」ってな感じでキリスト教的な考え方が根底にあるんだろうか。
▼ この日記、三日ボウズの壁を越えた。


7月20日(日)
▼ コロンビア大学での僕の立場はポスドクだと思っていたら、なんと「Visiting Professor」と書かれていた(ここ)。これって客員教授? 驚き…。もちろん東大側の書類上ではただの「ポスドク」だけど。
▼ 昨日の英語考察の続き。渡米間もない頃に気づいた英語と日本語の違いの一つに「主語」の選択があった。たとえば、パッチ記録をしていて途中で細胞がダメになることがある。そんな時、日本では「細胞死んじゃったよ…ショック」となどと言うが、アメリカ人はそんな表現はしない。ずばり「私」を主語にして「I killed the cell」だ。はじめは冗談めかしくおちゃらけて言っているのか思っていたら。彼らはいたってseriousだった。これは英語における自然な表現なのだ。そんなところにもふと日本人とは異なる「自己主体&自己責任」社会の片鱗を感じる。
▼ 書きかけの論文がおおよそ形なった。が、あと二つ段落を書かないといけない。最初と最後の段落だ−しかし、これが一番悩む。
▼ 最近Brandeis大学のWang XJの学説に興味を持っている。NMDAチャネル特性によるEncodingという考え方をSF君の理論に活かせないだろうか。
▼ 韓国語の「海馬」(朝日出版)が出版されたらしい(ここ)。
▼ 夜は定番:テーブルワインとチーズ。最近この組み合わせが多い。


7月21日(月)
▼ 午前はRK君にレヴュー書きの指示。思った以上にうまく書けていたが、まだ〆切まで間があるのでブラッシュアップをお願いした。
▼ 午後は自分の論文のストーリーの練り直し。最近デスクワークばかりだ。実験をしたい。体を動かしたい。ということでふと思い立って、なぜかヤンキース・スタジアムへ。地下鉄に乗って10分くらいで到着。場外のダフ屋から$40のチケットを半額に買い叩いて、いざスタンドに!
▼ ヤンキース松井をみるのは初めてだ。深く考えもせず持ってきたデジカメ。たまたま押したシャッターおした全2回のうち、一枚がなんとクリーン・ヒットを放つ瞬間だった。ラッキー。決定的瞬間はこちら(ちなみに撮ったその2枚を動画的に再生するとこんな感じ。画像遊びはなかなか面白い)。試合展開は一方ゲームとなってしまったので途中で帰宅。結局観たのは4回裏〜6回裏のみ。でも、十分なほどのメジャー初体験だった。
▼ メジャー・リーグは最近人気が低迷気味らしい。でもこれはアメリカに限ったことではなく、日本でも若い世代では、野球よりサッカーが人気。たしかに「サッカーの方がスポーツとして格好いいしなあ」と思っていたら、「野球離れ」の主な理由はどうやらそうではないようだ。なんと「野球はルールが複雑で覚えられない」ということらしいのだ。そういえば私も小学生の頃は野球の複雑なルールに苦労した記憶がある。でも、逆にその煩雑性こそが野球の魅力でもある。つまり「非線形」性だ。
▼ サッカーはシュートが1回決まれば1点ゲット。3回決まれば3点。これは単純な「線形」である。野球ではそうはいかない。ヒット3本でも3点とは限らない。ホームラン1本でも1点とは限らない。非線形だ。バスケットボールも3ポイントシュートが導入されてより面白くなった。ユークリット博士には申し訳ないが、世の中「非線形」の方が面白いと思うのだが。そういえば、脳回路の機能も、神経細胞の機能も、シナプスの機能も明らかに非線形だな。だから複雑なことができるのだ。
▼ 帰宅後もまた仕事のつづき。
▼ MTさんと実験議論。まだまだ形になっていないが、着々とデータを集めていけば論文になりそうな感じだ。


7月22日(火)
▼ 「意識/精神」を脳科学的に解明するうえで「working memory」は最重要キーワードだろう。現在の脳科学ではworking memoryをめぐり大きく5つの学説がある。1. FusterやGoldman-Rakicが提唱する「persistent activity」、2. Hebbの「circuit reverberation 」「cell assembly」、3. Abelesの「synfire chain」、4. Marderの「bistable neurons」 、5. Lismanの「gamma oscillatory subcycle」 だ。もちろん、これらは互いに排他的ではない。実際、1は確定的事実だから、これが他のどれによってサポートされているかが現在の焦点となっている。Rosaのデータは2と4の初の橋渡しとなったのでNatureに載ったわけだ。一方、Glosterの論文は3についての追加報告に相当する。というわけで、このラボでの立場的優位性を生かせば、私がいま携わっている研究の展開次第では、なんとなく2〜4の3つを実証的に統合できるかもしれないという気がしてきた。たんなる勘だけど。さらに1までも取り込めるかもしれない。そしたら、超ヒモ理論もびっくりの大統一理論になりうるな。あとは、この短い留学期間にどこまで可能かだ。今の実験は単に「2が実在する」ことをマウス脳でempiricalに証明すること。ふぅ、まだまだ先は長い。まあ少しづつ前進しよう。
▼ JAKさんが「韓国版海馬」の後書きを翻訳してくれた。その原稿は早速、朝日出版と糸井事務所へ。にしても、JAKさんは仕事が速くて的確だ。
▼ AB君の論文が受理された。やったね。早速、ホームページのリストに掲載。MKY先生もSOさんの論文を投稿したらしいのでこれも併せて載せた。Neuronか。通るといいな。
▼ TY君の論文はデータの示し方が命。なかなか難しいものだ。もう少しじっくりと作戦を練ってみようか。


7月23日(水)
▼ 論文がだいたい形になったので、今日は補足データの解析。今回は今までとは違って「正統」なMonte Calroシミュレーションだ。プログラミングが今日中に終わらなかったの明日へ持ち越す。
▼ 夜は例のイタ飯屋で食べて、再びキーロフ・オペラ鑑賞へ(今日の指揮はゲルギエフではなかった)。学生チケットを買ってヴェルディーの「マクベス」を観る。実はマクベスを全曲通して聴くのは今日が初めて。実にモダンな演出で、メトのコンサバ演出に慣れきっていた私は思わず圧倒されてしまった。
▼ にしても学生チケットはいわゆるS席($150)を$20で観れるのが嬉しい。私は学生ではないけれどもコロンビア大学証があるので購入ができる。学生や貧者に優しいアメリカを利用させてもらっている今日この頃 (ちなみに、J-1ビザなので税金も払っていない。これでいいのか)。
▼ メトロポリタン劇場にいくのは今季は今日でたぶん最後。来シーズンは10月からだ。待ち遠しい。そういえばカーネギーの来シーズンの初日はゲルギエフ&キーロフの交響組曲「シェーラザード」で幕を開ける。これは席をすでに押さえてある。非常に楽しみだ。
▼ ジュリアード音大の書籍部で「ヴォチェック」のピアノ伴奏譜を購入。いずれ解析できたらホームページに載せよう。
▼ 帰宅後は論文草稿の見直し。そしてAbelesらの90年代前半の文献たちを丹念に再読。彼らのマニアックさがかえって気持ちいい。
▼ 今頃、日本は神経科学会(名古屋)の真っ最中かな?KN君とSF君が発表しているはずだが、どんな反響だったろうか?


7月24日(木)
▼ プログラムの作成が終わり、早速、シミュレーションを行った。今回のはISI-shuffleではなく、random number generatorを使ったシンプルなもの。しかし、計算だけで私のラボのPCは一晩かかる。PCはもちろん最新型だしRAMだって1.6GMもあるし。単に私の組んだアルゴリズムが下手なだけかもしれない。
▼ そういえば全200GMのハードディスクを買ってもらったが早くも実験データで一杯だ。DVDに焼かなければ。。。このラボの実験はとにかくPCに負担を強いる。というか、コンピュータと光学技術の進歩にあわせて、その最先端の限界と共に動いているのがこのラボの実体か?Gloster の論文だってsupercomputerを使ってかなり激しい演算をやらせている。一昔前ならば、まったく無理な話だ。
▼ というわけで難しい計算はPCに任せ、私は早め帰宅。明日の結果が楽しみだ。
▼ 自宅では英語単語の暗記 & 文献読み。
▼ 夜は奮発してシャートー・オー・ブリオン(84年)を飲む。こちらに渡ってから、実は、いつも激安のテーブルワインのみだったので、格付けワインは随分と久しぶりだ。店さえ選べば、クレイジーな日本のワイン価格の数分の一の値段で買える。今日のワインだって信じられない値段なのだ。もちろん$100以下。
Natureのarticleに連報でSema3とSema7Aシグナルがintegrinを介しているという報告。これは要チェックだ。著者には谷口先生の名前もみえる。同号の表紙にもなったsynapse eliminationの連報は今更ってな感があるかも。にしてもアブストに相手の論文を引用しているのにはちょっと政治を感じてしまう。


7月25日(金)
▼ 今日は久々に実験。数週間ぶりだ。
▼ にしても私はパッチが苦手。TY君の気持ちがわかる。Yusteラボのメンバーは20x対物&DICで軽々と刺していくが、私は40xでないとできない。。。まだまだ修行が足りませんな。
▼ 午後は、サバティカルでスペインにいるRafaに、シミュレーションの結果をEメールする。英会話が苦手な私はEメール上で議論した方が100倍は有意義になる。
▼ 廣川研からCellに出た論文。KIF2Aが海馬(および皮質)の神経突起の枝分れに関与しているらしい。論文には軸索と書かれているが、写真上では樹状突起にも影響があるようにも見える。微小管を介しての作用なら両方に効くというのはありうるな。
▼ 中枢シナプス終末の電気生理学的知見はcalyx of Heldや網膜双極細胞から得られたものが多い。が、やはり可塑性を示すという意味で、海馬の苔状線維はより重要な実験モデルになりうると私は思っている。Jonas PはSakmannのところにいた時代からMossy Fiberの達人だった。彼のテクニックには感服。PNASの論文によれば、苔状線維の一つに神経終末にはなんと1,400個ものreleasableシナプス小胞が含まれているという。終末1つあたりのActive Zone数は平均37個だから、Active Zone1つあたり40個ものactiveな小胞が控えている計算になる。さすが、Mossyは中枢を代表するFacilitating Synapseだけあるな。
▼ CNNを見ていたら日本の国会の模様が映し出されていた。イラク特措法強行採決の参議院の乱闘だった。。。苦笑
▼ 明日はシカゴに行くので日記は一日休むかも。目的はスーラの絵を見ること。予報だと明日は雨だな。


7月26日(土) シカゴ
▼ 今、朝6時。これからシカゴに発つ。その前にちょっとだけ気づいたことを。
2ちゃんねるに私について書かれているページがある。外部の意見が聞けることは貴重なので、定期的にチェックしている。どうやら最近たくさんの書き込みがあったようだ。が、その内容がちょいと面白かった。「あのページは私が自ら立ち上げて、そして書き込んで、つまり、自分を宣伝するために利用している」というのだ。なんだか、おかしくて思わず笑ってしまった。もちろん閲覧者として以外は私は関与していないし、私は自分を宣伝できるほど何か大層なものを持ち合わせているわけでもない。あ、でも私に自己顕示欲が強いのではという批判は正解。こういうのをストレートに指摘してくれるのが2ちゃんねるの良いところだ。
▼ 2ちゃんねるの管理側では、どのPCから書き込まれたのか過去全部保存されているらしいから、調べてもらえば真実がわかるだろう。まあ、誤解しているのは、きっとほんの数人だけなんだろうけど。 にしても、あのページではかつて、私が「Kandel研に留学している」という誤った事実が当然のように流布していたこともあったし、世の中の「情報」というのもはなかなか面白い挙動を示すものだ。そういう意味では、テレビや雑誌などのマスコミの報道もきっと同じようなもんなんだろうなあと思う。ただ、2ちゃんねるに書き込まれている指摘・批判の多くは、私本人が読んでも、よく的を得ているとは思う。
▼ 2ちゃんねるの存在は最近までは知らなかったが、その存在理由&意義について最近いろいろ思うところはある。ただ一般論になってしまうので、それはまた機会があったら書いていこう。
▼ さてと、これからラ・ガーディア空港に向けて出発。シカゴは以前、NM先生に案内して頂いて以来2度目の訪問。楽しみ。


7月27日(日) シカゴ
▼ シカゴはWindy Cityの別名の通りの天候だった。雨に降られなかったのが幸いかな。
▼ 26日は念願かなってシカゴ美術館門外不出の傑作、ジョルジュ・スーラ(Georges Seurat)の「グランド・ジャット島の日曜日の午後」を観ることができた。感動。
▼ 夜はRavinia音楽祭。シカゴ交響楽団(ピアノ:ゼルキン、指揮:エッシェンバッハ)を初めて生で聴いた。ゼルキンは父 R.ゼルキンのレパートリーを積極的に取り入れるようになってから演奏に幅が出たと言われている。実際、懐の深いすばらしい演奏だった。きっと将来は、父親と同じく「クラシック界の巨匠」の仲間入りをするだろうな、と思った。
▼ 翌27日は建築家フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)がデザインした民家が密集している地域まで足をのばす。いや、すばらしい。思わず写真をたくさん撮ってしまった。
▼ 帰りの便は遅れがでてさんざんな目にあった。今これ書いているのは夜3時過ぎ。でも空からシカゴとニューヨーク(ともに世界を代表する摩天楼地帯)の夜景を見れたのでまあいいか。
▼ Rafaからメールでお褒めの言葉。これで論文書きの70%は終了とみて良いかな?
▼ なんと、いっしーと古賀君が結婚かあ。びっくり。付き合っていたのも知らなかった。とってもめでたい話。
▼ この週末は中島氏が結婚式だった。明治神宮での挙式。見たかったなあ。


7月28日(月)
▼ この日記。すでに開設以来500件ものアクセス。今使っているサーバーでは、件数だけの表示で、どこからアクセスがあったのかわからない。にしても、こんな日記(=私の備忘録)を誰が一体読んでいるんだろう?
▼ うっかりしていた。Neuroscienceの会員用ホテルの〆切は今日までだった。ラボの人に聞いたら、皆さん、それぞれ小グループを作って、すでに予約しているとのこと。英語力不足のせいで日常的にメンバーとの会話が足りない私は、仕方なく一人で宿を押さえる。
▼ 研究をしていると、何が真実かを見極めるのが難しい局面によく出くわす。今の私の論文はまさにそうだ。あえて例を挙げていえば次のようなものだ。
▼ 「(平均的にみると)天然パーマの人は学力が低い」という世界の統計データがある。「え?」と疑問に思う人もいるかも知れないが、これは紛れもない事実。もちろん、「天然パーマ」と「知能」は生物学的にはまったくの無関係。にもかかわらず、統計をとると確かにこうなる。
▼ 世界の天然パーマ(ちりぢり頭)の大多数はアフリカ黒人である。彼らは十分な教育を受けられない人がいまだに多い。これがこの統計データの真実である。
▼ 当然、この統計データをもとに「あいつは天パーだから頭が悪い」などと解釈すれば、とんでもない誤解となる。真実と事実は別物なのだ。データというものは「事実」かもしれないが、その実体は「真実」とは程遠い可能性があるということを常に忘れてはいけない。
▼ 実験科学とはデータ集めの上に成り立っている。数値に没頭すると何が本当かを見失いがち。
▼ データの裏に潜む真実を見抜くのは本当に難しい。脳科学ではとくに因果関係が不明なことが多すぎる。まあ、これは、それだけ脳が複雑にかつ巧妙にできあがっていることの裏返し。仕方あるまい。ただ、この仕事に身を置く限り「わからない」ことに馴れてしまわないように気をつけなければ。データから真実を模索することは科学者の権利だと思うから。
NNにサルのMT野でsubtraction operationが作動しているという証拠が報告される。たとえば、アリの引越し行列を見ているとき、個々のアリの動きは多少ばらばらでも全体としてどちらに移動しているかを判断できる。これはどうしてかという問題だ。
▼ この実験ではモニター上で動き回る物体が全体として「上向き」か「下向き」かを判断するテストを行っている。MT野には物の動きの「方向」を感知する神経がある。テストの正解が「↑」のとき、「↑」をコードする神経を人工的に刺激すると、正解率が高くなるし、回答時間も短くなる。これは、まあ、当たり前かな。情報の加法性に一致するからである。一方、正解が「↓」のとき、「↑」の神経を刺激すると、正解率が悪くなる。これは実は当たり前ではない。なぜならば神経機能はモデュールに分かれいて、それぞれが独立に平行処理されていると考えられてきたからだ。この実験結果は、「↓」と判断するために、「↑」神経細胞による別の情報が最終判断レベルで影響を与えることを示している。つまり「↑」神経と「↓」神経の相対的な活動の差(subtraction)が最終的な判断材料となるわけだ。
▼ こんなことは日常生活のレベルでは当たり前のように感じるが、脳科学レベルでは、まだまだそんな「当たり前」のことすら証明されていないことがたくさんある。
▼ 先日の成功に味をしめて、今日もまたお好み焼き。ともかく最近、非常に和食に飢えている。吉野家牛丼でもインスタントラーメンでもいいから食べたい。
▼ コンタクト用品をついに使い切る。渡米して以来はじめてこちらの製品を買った。しかし驚いたことに、売っている商品の95%はソフトレンズ用だった。どういうことだろう? ハード用商品には選択の余地がなく、高い値段で買う羽目に。。。


7月29日(火)
▼ AB君のJNのゲラチェック。RK君の総説の一部直し。明日の実験の準備。
▼ マンハッタン。少なくとも私の住んでいるエリアには、私が当初思っていたほど日本人は多くはない。もちろんキャンパス内でアジア人はよく見かけるが、ほとんどは中国人か韓国人だ。とりわけ韓国人がかなり多いのには驚いた。コロンビア大学の学費は目が飛び出るほど高い。日本の私立大学なんて比べものにならないほどだ。韓国や台湾では息子・娘を留学させるのが金持ちのステータスなのかな。
▼ はずかしながら、「フリーマーケット」は今まで「free market」と書くのものと思い込んでいた。本当は「flea market(蚤の市)」と綴るのか。たしかに売ってる物はタダ(free)じゃないしな。まあ、フリーマーケットも自由市場(free market)ではあるのだけれど。
▼ これで思い出した。オヤジギャグというのは日本オヤジだけの特権ではないみたい。アメリカの人も結構いう。それも案外サムい系だ。言葉遊びは万国共通なんだなあ、なんて感慨に耽っていて、ふと思い当たったのだが、いわゆる欧米や中国の詩などで「韻を踏む」という芸当は、オヤジギャグ以外の何者でもないと思うぞ。だとしたら、シェークスピアと李白は世界最強のオヤジギャグメイカーだな。わたしを含め、日本の凡庸なオヤジが束になっても到底かなわない。
▼ 百人一首もダジャレの宝庫だ。「大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立(小式部内侍)」。私の好きなこの詠。掛詞の連発で、改めて考えると結構サムいかも。彼女に日本オヤジギャグ大賞をあげたい。
▼ 夜。妻のクラスメイトが帰国するので、自宅に招いて送別パーティー。今日は集った人は日本人だけだったので、いつもとちがい、気をつかわなくて楽ちん。夜中の3時まで日本人と外国人の色々な違いついてアホな会話で盛り上がった。


7月30日(水)
▼ 昨日オヤジの話を書いた。偶然だが、今日、私はついにオジさんになった。つまり妹夫婦に長女が生まれた。嬉しいものだ。以前、名前は風香にすると言ってたような気がするがどうするのかな。
▼ 実験。いつも実験の日は朝一番乗りでラボにいく。しかし! 昨夜は延々8時間以上も酒を飲み続けていたせいで、今朝はかなり辛かった。。。昨日の記憶もあいまいだしな。でも、「もし自分が牡蠣(カキ)で人間に喰われるとしたら、生牡蠣と牡蠣フライどっちがいいか」というナンセンスな話をしたの覚えている。結論は「生牡蠣だとフォークで貝柱を剥がされるときに痛い」。意味不明すぎる。
▼ ラボで定期監査があった。有名ラボがひしめくコロンビア大学の中では、Yuste研の業績はけっして目覚しいほうだとは言えないという。が、だ。金の巡りは大学のなかでもトップレベルらしい。私がここに来てわずか半年あまりの間に、最新式のコンフォーカル2台と、高性能の二光子用のレーザー装置(←めっちゃ高価)を2台も買っている。。。んで、まだまだ金が余っているらしい。
▼ ここは以前から潤っていると聞く。Rafaから分厚い予算申請書を見せてもらったことはあるにはある。しかし、いったい、どうしてこんなに研究費が取れるのだろう。見習わなければ。っていうかその一方で、私も恩恵を享受しているとはいえ、こんなんでいいのかアメリカ、という疑問も個人的にはある。
▼ 午後は総説の直し。まだ半分も終わらない。
▼ アメリカに渡ったばかりの頃は、英語でいろいろと恥ずかしい思いをした(今でも英語力はまったく進歩してないんだが、もう麻痺した?)。たとえば。。。
▼ あるとき、ちょっと面白い物を見せられた。それを褒めようと思って「Fantastic!」と言ったら、周囲から爆笑が起こった。。。なぜ? そうなのだ。この単語は女性が使う言葉なのだ。「cute!」とかもそう。「すてきーっ!」ってやつだな。男は親指を空に向けて立てて「cool!」と言うものだ、とその時に居合わせたアメリカ人に教えてもらった。
▼ 男言葉・女言葉の区別は英語にもある。男が「I would love to...」なんていったらそっち系の人だと勘違いされるという。それから、「Thank you so much」もダメ出しされたことがある。「男ならば Thank you very much と言うべきだ」と。何はともあれ、私にはそれが女言葉であろうと、自分の意思を伝えることで精一杯な毎日である。
Neuron。なんと、カイニン酸受容体はイオンチャネル活性とは独立に三量体Gたんぱく質シグナルを走らせることができるらしい。なんだか、心筋のVSCCや、GABA受容体によるドパミン受容体の直接抑制みないな話だな。
JN。Sema3Fノックアウトマウスでmossy fiberの投射が変になっているという論文。でもこの手のマウスって所見が軽いんだよなあ。RXY君はこの論文はもうチェックしたかな?そういえばF先生のところのマウスはその後どうなったのだろう。
JN。海馬のIhとてんかんの関連を示唆する論文。やっぱり出たなって感じか。ただ生理学的証明は無し。
JN。WeinbergerラボからBDNFのSNPの続報。
▼ ラボの廊下からエンパイアステートビルの上部がわりと間近に見えることに気づいた。そういえば今まで外の景色を眺める心の余裕すらなかったな。ラボの人によれば9・11テロの時には煙がモクモクと立ち上がるのが窓から見えたらしい。


7月31日(木)
▼ 午前はGlosterの論文の手伝い。データ解析と確率計算。どうやら来月6日が再投稿の〆切のようだ。なんで期限が一ヶ月なんだ?
▼ 総説直しの続き。英語で総説を書くのは初めてなので結構手間取る。原著論文のほうが明らかに書くのが楽だな。
▼ にしてもコロンビア大学の全館冷房はどうしてあんなに強いんだろう。激寒。かといって、暖を求めて外に出ればキャンパス内にはビキニ姿で日光浴する学生たち。。。目のやり場に困る。ま、私も御殿下グランドで日光浴したことがあるので彼女らの気持ちは理解できるが。
▼ ちなみに、山田先生の所属しているラボはoocyteを扱っている都合で年中20℃に保っているため「もっと寒い」と言っていた。ん、そういえば、あのラボから最近NNに一報出ていたな。去年のNatureはCaチャネルで今度はKIRか。
▼ マドリッド生まれのCarlosに観光のポイントを聞く。ガイドブックに載っていない渋いところをいくつか挙げてもらって、ちょっと得した気分。
▼ RK君の論文が再度reviseを要求された。意外と手間取るなあ。でも、主に書き直しのようだ。
▼ 今朝は夢に日本の友人のいろいろな人たちが現れた。同期のMY君は元気かな?
▼ NM先生は今年は斑会議に学生を二人連れていくそう。良いことだ。選考の基準はわからないが、私が日本に残してきた学生達を連れって行ってもらえるのには感謝。
▼ 姪の名前はやはり「風香(ふうか)」だそうだ。偶然だが、将来もし自分に女の子が生まれたら「舞香(まいか)」がいいなあ、と以前から思っていた。理由?私が好きな焼酎の銘柄だから。そしたら、いとこ同士似た名前になるな。でも、いつの話だろうか。
▼ 親に「初孫」の一升瓶をネットを通じて贈る。もちろん仙寿だ。僕はまだ呑んだことがない。でも届くまでに10日かかるらしい。なぜ?
▼ 夜は安ワイン&チーズ。ロックフォールはソシエテ。でも最高。
▼ 昨日の「the英語de恥体験」のつづき。これは妻が私より2ヶ月遅れで渡米したばかりのころの話。「奥さんがいるんだから、今日はもう帰ったらいい」とラボの人が気を使ってくれた。「そうだね、きっと退屈してるだろうから、そうさせてもらうよ」と僕は言いたかった。頭の中で「退屈?退屈?退屈って英語でなんて言うんだっけ・・・」と、錆びついた引き出しを開けようと奮闘 −−杞憂だった。すぐに思い出せた。「bore」だ!。私の知識の引き出し。捨てたものではないなと慢心。一度思い出せば、あとはシメたものさ。「退屈している。お?これは現在進行形だな?」と瞬時に英作文をして「She is boring」。私の頭脳によれば、この一連の思考の流れは、非の打ち所のない完璧さだった。  が、周囲からは大爆笑の嵐。Jasonが英語の間違いを指摘してくれた。 『それを言うんなら「She is bored」だ』と。『「She is boring」と言ったら「別に家に帰ったってつまらないだけさ」という意味だぞ』。そういえば、boreは退屈させる。他動詞だった。『新婚早々ガヤは倦怠期らしい』と親切に解説までしてくれた。今日の教訓:錆びた引き出し開けるべからず。
▼ Natureの表紙は広島の原爆ドーム。この時期を狙っての論文だろうか?
Nature。Buzsakiグループの報告。簡単な「情報理論」も使われている。一種のCross-Validation(交差検証)法を使ってactivityを予測したといういうのが論文の趣旨。実験結果から神経活動がcanonicalであってcell assemblyとして機能していることが示唆されるわけだが、私の現研究テーマはこの流れによく合っている。にしても、平瀬さんはこのラボから、これで何報目だろう。そういえば、place cellとシナプス可塑性の論文をScienceに投稿したと以前彼から聞いたがその後どうなったのかな。個人的にはそっちのほうが興味あるかも。

(2003年)

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