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9月1日(月)
▼ 九月初日。いきなりカウンターパンチ。JAKさんの論文が再度「要大幅改訂」で返ってきた。内容を読むとほとんどリジェクトに近い状態。どうしたらいいもんか。。。
▼ 今日は祝日。Yusteラボは祝日とは無関係に動いているのだが、私は遠慮なく休んで自宅で仕事。
▼ 昼は「Gotham Bar & Grill(ゴッサムバー&グリル)」というアメリカ料理レストランで外食。ランチならば安く食べられるのだ。初めて訪れたが店内はモダンで落ち着いた雰囲気。取り立てて気取った感じではないが嫌みのない程度に洒落ていて好感がもてる。料理もなかなか満足。
▼ 「ドライクリーニング」ってよく聞くけど何だ?っと思って調べてみる。ふむふむ、なるほどね。まあ、簡単に言えば「油」に浸けて洗うってわけだ。というわけで、汗や泥や血などの水系汚れは落ちないらしい。
▼ RK君のレヴューが完成に近づいてきている。
▼ Nat Med。JNK阻害ペプチドでMCA虚血によるアポトーシスが抑制できるという論文。一見ありがちだが、その効果が半端ではない。効力は完璧に近い。さらに障害から数時間たったのちでも有効だというから期待が持てる。簡単な行動実験も行われている。
9月2日(火)
▼ 今日は最高気温が17℃程度だった。夏どころか秋も終わりか?
▼ 天気は雨。こちらの人は雨でもたいてい傘は使わない。レインコートやウィンブレなどを着てでかける人や、パーカー付きの服を着る人が半分くらい。残りの半分はそのままずぶ濡れ。。。たまに傘をさす人を見かけるとアジア人だったりすることが多いような。もちろん猛暑の中で日傘をさしている人も見たことがない。モネの「パラソルさす女」は幻影だろうか。
▼ 午前は実験。Cortical Reverbarationを評価できる実験系をなんとか立ち上げたいのだが、なんだか最近ハマっているような。。。
▼ やるべき仕事orやりたい仕事がたまっているこの頃。こういう時にはナゼか現実逃避したくなる。私の現実逃避法はたいてい総説を読むこと。Nat Rev Neurosci。樹状突起が細胞体とは独立した機能を持っていることは最近の研究から明らか。次なる疑問は「その機能を神経細胞が持っていることでどんな情報処理が可能になるのか」という点。これを取り上げているのが今日読んだ総説。難しい数式を避けて定性的な説明が貫かれており、ちょっと珍しい視点からではあるがわかりやすくまとまっていると思う。ただ知っていることが多かったので、取り立てて勉強にはならなかったかな。要は、樹状突起にコンダクタンスのbistabilityを導入することで、ケーブル理論では予測できないような現象が現れるということ。高コンダクタンス状態では、たとえば、シナプス入力への反応の感受性が高まったり、高頻度の入力への時間分解能が高まったり、各樹状突起(dendritic
subunits)が独立に情報統合ができるようになったりする。「確率共振」を引き合いに出しているのが面白い。最後にはDynamic
clampの話も載っている。
▼ 夕方はちょっとだけギャラリーへ。
9月3日(水)
▼ 雨。やはり20℃以下。午前は実験。
▼ ようやくRK君の総説が完成しエディターに送る。私が博士時代から研究してきた「苔状線維」ついての内容だ。側頭葉てんかんにおける苔状線維の異常発芽、その機構と機能、そして治療標的としての可能性とそのための戦略について、RK君が端的にまとめてくれた。そんなに長い総説ではないがReference数は100近くなるから相当な苦労だったはずだ。これは来年創刊になるCurr
Neurovasc Resというreview誌掲載される予定。
▼ そういえば今日は糸数さんが医学博士の授与式だと言っていた。苦労していたから本当におめでとうって感じだ。
▼ JJPが新しくJPSに生まれ変わったのでデータがあれば投稿してみたい。そういえばBrain
Resは1000号に到達するらしい。さすがに長い歴史をもっているだけあるな。この記念すべき号に載るための投稿論文の〆切が9月15日らしい。これも間に合わないか。。。でも、薬作の私の担当の学生で誰か手頃な(Short
paperになるくらいの)データを持っていないかなあ。
▼ 今日も夕方はちょいとギャラリーへ。結局、全4回ほど足を運んでエスタンプを2点購入。
▼ JN。近年、苔状線維の研究を精力的に展開しているHeinemannラボから。カイニン酸受容体を構成するサブユニットはGluR5-7,
KA1-2の5種が知られている。KA1は主に苔状線維のシナプス前終末に、KA2は両側に存在していることを示した論文。両者ともGluR6とassociateしているらしい。こういう泥臭い(でも重要な)研究はもっともっと増えた方が良いと思う。
9月4日(木)
▼ またも雨。もしやこの時期はNYも雨が多いのかな。秋霖?
▼ 昼は文具屋でガムテープなどを購入。
▼ アメリカのレジ打ちの人はたいてい引き算ができない。たとえば77セントのものを買ったとする。たまたま持ち合わせの小銭がなかったとき、おつりが簡単なになることを期待して1ドル27セント払うと、彼らは目を丸くする。そして「これはいらないでしょ」と27セントを返却してくる。彼らにはそんなお金の払い方が不思議でたまらないのだ。ただ、もっと驚くべきはそのあとだ。1ドルを受け取っても「1ドル
ひく 77セント は?」という引き算はしない。おつりの算出は常に足し算である。まず77と口頭でいう。そして、1セントコインを取り出して、一枚づつ置いていく。「78、79、80」。次に10セントコインをとりだして、また置いていく、「90、100」。これで机の上に貯まったコインが「おつり」というわけだ。結局、そこに幾らあるかは分からない。でも、それで良いのだ。
▼ 夜はマグロとイクラを丼に乗せて食べる。ひえー最高。なんでアメリカにはこの料理がないんだろう。
▼ 東大薬学部の新館が来年の7月に完成予定だと聞く。楽しみだ。引っ越しが大変そうだな。
▼ 薬作の修士課程入学試験の合格者が7人だそう。台湾からも一人受かっているときく。日本語で受験したのだろうか?だとしたらスゴいな。母国語以外、たとえば私が英語で受けることを想像したら、てもとてもじゃないが合格しそうもない。ま、ともかく薬作が国際化するのは良いことだ。
▼ そういえば、Yuste研もほとんどアメリカ人がいない。スペイン、イスラエル、ロシア、トルコ、カナダ、ウクライナ、中国、そして私の日本。こうした混合がなかなか良い方向に回転しているような気がする。
▼ 坂口憲二が新日本プロレスの大会でセコンドにつくらしい。本当だったらスゴいことだ。
▼ Natureの表紙はバイアグラ。韓国からの報告。PDE5がsildenafilと結合した状態のX線構造解析の画像だ。ところで、アメリカではOTC薬ではない医療用医薬品でもテレビCMを流している。バイアグラのCMもある。有名スポーツ選手を起用しているところが面白い。ハゲ薬同様、宣伝に登場する人次第で売り上げの伸びが変わるんだろなあ。
▼ Cell。PS1に関連したγセクレターゼが、Nカドヘリンを分解する。そのC末分解産物が、CREB結合タンパクCBPの分解を促進する。結果として、γセクレターゼ活性はCBP/CREB転写を抑制する。家族性アルツハイマーにおけるPS1変異は、つまりCBP/CREB転写を促進することになる。重要な点は、γセクレターゼ活性がNMDA受容体刺激で上昇すること。Kandelらが主張しているようなLTPの時のCREB動因とは逆の方向の制御になるわけだ。
9月5日(金)
▼ 午後から晴れた。最近の長雨で大気の汚れが流されたからかどうかしらないが、今日は夕焼けが最高に綺麗だった。今年一番だな。エレベーターで出くわした同じアパートの住人も同様に感じていた。
▼ 昼は納豆を食べようと、アパートの2軒隣の店 で購入。2ヶ月ほど前にできたコンビニだ。アジア、それも日本と韓国の食材を中心に扱っている。五ブロック離れたところにある日本食専用のコンビニにくらべると若干高いのが難点だが、生活が便利になったのはありがたい。さて、購入した納豆。ご飯を茶碗によそってから、封を開けてみた。なんと凍っていた。。。食えない。まあ、冷凍した方が保存が良いのだろうが、生まれて初めて見る冷凍納豆であった。
▼ 夜はワインとチーズ。
▼ 帰宅途中で酒屋に寄ってワインを買った。お酒を買うと私は必ずIDカードを見せろと言われる。未成年に販売すると厳しく罰せられるからだ。しかし、私は33才。IDが必要とは。アジア人はアメリカでは若く見られるのは知っているが、列に並んでいた他のアジア人はIDを要求されていなかった
9月6日(土)
▼ 今日・明日はニューヨーク大学でシンポジウムがあったのだが、ちょっと寝坊したので出席をあきらめた。似たような内容にはSFN学会でも接することができるのでまあよしとしよう。
▼ というわけで、家にこもって仕事。JAKさんの論文をどうしようかと思案。。。と思ったのだが、午前のみで、午後はまったく手を付けなかった。
▼ プログラミングをしていたのだ。研究とは何の関係もない代物。でもちょっと面白い試みなのでここに公開することにした。これを実行すると世界の名画を壁紙として次々に表示する。ちょっとめまぐるしく変わりすぎかな。スクリーンセーバにすれば良かったかも。。。でもまあいいか。
9月7日(日)
▼ 妻がUSオープンの昨日の結果について話していた。「ということは、もしや今日は最終日で男子決勝では?」。そんな話をしていたのは試合開始55分前。その15分後にはアパートから会場へ向かう。当日券を買ってスタジアムへ。というわけで、生まれて初めて見るテニスの試合。
▼ 到着すると、まず女子ダブルスの決勝。な、なんとナブラチロワが出ているでは!(そんなことも知らずに観戦に行った…)。彼女はまだ現役だったのか。。。しかも試合はファイナル。すごい。絶妙なロブさばきなどは今でも健在だった。試合には負けたが皆が健闘をたたえていた。
▼ 男子決勝はやはりというか、非常に高レベルだった。とりわけロディックが225km/hを超えるサービスエースを連発すると会場も盛り上がる。個人的には全仏覇者でもあるフェレーロを応援していたのだが。
▼ CNNで面白いニュースがあった。アメリカ人は炭酸飲料が大好きなんだそう。子供のころから親しんでいるせいだろうか。牛乳は嫌いな子供が多いらしい。ということで発売になったのが「炭酸入り乳飲料」。一瞬マヂかよそれ? と思ったが、よーく考えてみたらカルピスソーダみたいなもんかな?見つけたら飲んでみよう。
▼ と、ここまで書いて思い出した。私がかつて自炊していた頃の秘技。みそ汁に牛乳をいれると美味しくなるのだ。といっても入れすぎてはダメ。生臭くならない程度に少しだけ入れる。入れたあとはあまり沸騰させないのがコツ。味にまるみがでるのだ。
▼ みそ汁は私の大好物。毎日のように作って食べている。まあ、自分でつくらなくても和食屋に行けばアメリカでもありつける。その場合は、箸ではなくスプーンで食べるのが一般的。寿司屋でさえだ。初めてみたときには驚いたがもう慣れてしまった。「ミソスープ」はその名の通り「スープ」なのだ。ポタージュのようなスタイルで食べなければならない。もちろん、お椀を手に持ち口元に近づけてススるなんて下品である。というわけで、私はみそ汁は自宅で食べるようにしている。
9月8日(月)
▼ 午前は実験。Wang XJの論文を読んでいてふと思いついたことがあったので試してみる。と、同時に最近の実験の不調の原因が判明して解決した。それが今日一番の収穫だ。
▼ 昼はひさびさに大学の近くの中華へ。中華は安くてよい。
▼ 中華レストランにいくと店員に必ず聞かれることがある。「ふわいわい?ほわいわい?」。初めて聞いたときは何を訊かれているのか分からず5回くらい聞き返した。「Fried
rice or white rice?」。つまり、付け合せのご飯は炒飯か白米かと訊いているのだ。私はいつも炒飯にする。中華の炒飯はおいしい。
▼ 帰りは公園を通って帰ってきた。大学のすぐ裏が公園なのだ。マンハッタンには公園が多い。もちろん東京にも公園は多いが、面積比でいったらマンハッタンがきっと上回っているだろう(計算したことはないが…)。
▼ 公園が多いのが良いことか悪いことなのかは一概には言えないと思うが、マンハッタンの公園ですごいなと感じるのは動物の種類が豊富なことである。野生のリスがあちこちに姿を現すのだ。鳥の種類もセントラルパークだけで250を数えるらしい。そして、極めつけはホタルだろう。日本の公園のように繁殖させているわけでない。野生だ。6〜7月の夜はたくさんのホタルで彩られる。大学の構内にまで飛んでくる。とっても優雅だ。ここが都会の真ん中だとは信じられなくなる瞬間である。
▼ ホタルは水がキレイなことの証とされている。が、マンハッタンのホタルは何なんだろう。もちろん可能性は二つある。@
公園の水はキレイである。A 汚い水でも生息できるホタルがいる。私は後者だと思う。
▼ そういえば、子供の頃は実家の門のわきの小川で毎年ホタルが舞っていたなあ。いまは舗装されちゃったけど。
▼ 阿部君から結婚報告ハガキが届く。いままで見たこともないような最高の笑顔をしている。
▼ Boazの奥さんが妊娠中であることを今日知った。
▼ Form8233で免税申告をする。日本語で確定申告をするのでさえ一苦労なのに、英語だとさらに訳が分からず一苦労。
▼ 夜は日本から訪ねて来た知り合いとイタリア料理レストランLupaへ。スター・シェフであるマリオ・バタリ氏の工夫された料理が素晴らしい。ここは脳を使った料理があることでも知られる。でも、今日はメニューになくて食べれなかった。仕事柄、毎日脳を見てはいるが、口したことは一度もない。
9月9日(火)
▼ 午前、実験。
▼ 昨日は暖かかったが今日はふたたび涼しい。青空が高い。まさに秋だ。
▼ 秋といえば、そろそろ中秋の名月。今日は月と火星が見かけ上、大接近する日なはずなのだが夜は雲がかかってしまった。残念。
▼ 昼は茄子のみそ汁を作る。うまいっ!
▼ 先日公開した名画壁紙チェンジャーにちょっとした不具合を発見。早速、ファイルを修正して再アップ。
▼ 夜はカレーを作りながら、最近切れなくなっていた包丁を研いだ。気持ちよい切れ味に。
▼ 私はラボでは独立した小部屋にデスクを持っている。当然、ラボのメンバーとの会話の機会が減るので、英語嫌いな私にはきわめて快適な空間になる。この部屋はCarlosとJangと私の3人しかいないのだ。しかも明日からCarlosが長期休暇でスペインに帰る。ということは2人部屋になるということに。
▼ Jesseの論文がNeuronからよい返事が返ってきた。ちょっと改訂して出せば受理ということだそう。年内には出版されそうだ。彼は学生なのだがとても優秀ですでにTINSにReviewを書いたりなどの活躍ぶりだ。私もがんばらねば。
▼ 7月27日の日記にスーラ作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」を観たことを書いた。スーラは特にお気に入りの画家ではないが、私はこの絵は彼の最高傑作だと信じている。彼が完成させた手法と様式美が余すところなく示されているインパクトの強い大作だ。その大胆なアプローチによって絵画界は袋小路に入ったという批判はあるにはある。しかし、当時の芸術が到達した一つの理想の臨界点を示していると思う。しかし!彼がこの作品を25〜27才に掛けて手がけていることを私は今日まで知らなかった。なんという若さだろう。にもかかわらずこの絵は円熟の極みだ。
▼ スーラは31歳で死んでいる。夭逝した画家は他にもたくさんいる。古くはジョルジョーネ(34才)、ラファエロ(37)、カラヴァッジオ(37)、ヴァトー(37)など。近年ではゴッホ(37)、ロートレック(37)、モディリアーニ(35)、シーレ(28)が挙げられる。彼らはその年齢ですでに独自の画風を確立している。まあ、だからこそ後世に名前を残しているのだか。。。今、私は33歳だ。こうした話を聞くと、自分が今まで何をなしえてきただろうかと思わず考えてしまう。
▼ ところで、ベートーヴェンは私が個人的にとても親近感を感じる作曲家である。その理由は音楽がすばらしいというだけではない。彼はちょうど私と200歳ちがいなのだ。1770年生まれ。というわけで、「この年齢の時、彼が一体なにをしていたのか」をしばしば私と比較してしまうのだ。耳疾に悩んで遺書を書いたのが1802年。彼が32歳になる2ヶ月前である。昨年私が渡米した頃のちょうど200年前にあたる。その後、33歳で「英雄交響曲」を産み、音楽様式の新しい扉を開くと、37歳で「運命」を完成させている。彼に限ったことでないのだが30代で新境地を開いている芸術家は多い。30代というのは人生の転機なんだなあと思う。世界が違って見えるようになる時期。そんな真っ只中にいま私はいるんだ。
▼ JNP。CA3の介在ニューロンへのGABA性シナプスが、ベータ〜ガンマ 頻度の入力によって抑制性から興奮性に転じるという話。これはGABA受容体チャネルの逆転電位のシフトによっておこり、数十秒のオーダーで持続する。この現象は錐体細胞へのGABA性入力には起こらないという。McBainの報告を鑑みて、MTさんの実験にヒントになるかと思って読んだが、直接は関係なさそうだ。でもCA3回路の短期可塑性を考えるうえで重要な論文だとは思う。
9月10日(水)
▼ 午前、実験。これで例数がそろう。
▼ 昼は昨日の残りのカレー。昨日より今日のほうがウマい。翌日の方が美味しくなるのはシチュー系の料理などではよくある。多分、たんぱく質が分解してアミノ酸に変わるからだろうとは思うのだが、理由はよく知らない。
▼ 最近、サシミを食べていない。サシミは私の大好物の一つ。秋と言えばやはりアジの叩きなんかをぜひ食べたい。新鮮なアジのこりこりとした食感がたまりません。でも、ここに住んでいたら口にするのは無理か。。。
▼ 父親が大の釣り好きなので、鮮魚にありつける機会は子供の頃から多かった。それで思うのだが、実は、カレーだけでなく、魚も新鮮なモノよりも一日おいたもののほうが圧倒的に美味しい。新しい魚には独特の歯ごたえがあって、食べ慣れていないと珍しく感じるかもしれない。あの鮮魚独特の歯ごたえは死後硬直にすぎない。旨みが出てくるのは、その後、自己融解が始まってからである。だから死んだ翌日の魚のほうが美味さのいう点では明らかに上。これは牛肉についても同じらしい。肉が本当に美味くなるのは屠殺してからしばらく経過してからだと、「一頭や」の大野シェフにきいたことがある。ただ、牛が自己融解するには魚よりももっと日数がかかるらしい。にしても、私の中で隠れた名店No1だった浅草「一頭や」が、いまや雑誌やテレビに紹介されてしまっているらしい。。。何度となくスタッフの皆さんに良くしてもらったのが懐かしい。
▼ 夜は焼き鳥。妻が食材を買ってきた。もちろん七輪などはないので、しかたなくフライパンで焼く。でも、なかなかいける。「砂肝」(←これ、私の好物)という意味の「gizzard」などという英単語は知らなかった。PubMedで検索すると2000件以上も見つかる。苔状線維(mossy
fiber)より多いではないか。
▼ テレビ観戦。松井が打った。それだけで嬉しい私。
▼ 「名画壁紙チェンジャー」が好評をいただいているのが嬉しい。だが、実用性はほぼ皆無なのが自分としてはトホホ。というわけで、もっと役立ちそうなものを公開しよう。その名も「常駐ウェブニュース速報」。自分でいうのもなんだけれどもなかなか便利だと思うのだが、皆にはどうだろうか。実際、私は毎日使用している。ただ、表示ニュースの著作権の観点から、こういうソフトウェアの配布はどんなもんなんだろう。一応、掲示内容の二次転載に相当しないと思うはのだが。。。
▼ 塩坂先生の紹介で一部執筆させていただいた専門書「動くシナプスと神経ネットワーク」が出版されたらしく献本が届く。なんだか私の担当した章だけ内容的に浮いているような気も。
▼ 妻に髪の毛を切ってもらった。余計に若く見られそうな髪型に。。。
▼ なんと宅急便の荷物に「自分」を入れて送ったニューヨークの男が逮捕されたらしい。航空便でテキサスの実家に届けられたというから驚きだ。確かに航空運賃の節約にはなるが。
▼ Neuron。Kullmanは海馬苔状線維とGABAについて一連の研究を展開している。これは最近ジャーナルをにぎわせている「シナプス前終末のGABA受容体」を苔状線維に適用したもの。軸索上にGABAa受容体があって、それが活動電位の伝播を抑制しているというデータ。個々の神経終末が周辺の環境に応じて独立したユニットとして機能しうる可能性がこの論文から示唆される点が面白い。「活動電位が発生さえすれば、軸索上のどこでも同様に到達する」という従来の考え方を考え直さねばなるまい。
▼ Neuron。コロンビア大学内でのコラボによる論文。コレスポはSiegelbaum。LTP誘導のときBDNFがどこで働いているかという長いあいだ問われてきた問題をノックアウトマウスを使って追及したという内容。ちょっとデータが強引なような。。。しかも、結論が「やっぱり作用様式は複雑でした」だし。でも、オートクライン的な機構を一部示唆している点はSOさんの論文とも一致するかな。あと、Sindbisを使ったBDNFのtransfectionが出来ているのも羨ましい。
▼ Neuron。in vivoでも可視化パッチ法。two-photonを使ってるのですぐには普及しそうもないかな。
▼ JNS。ミトコンドリアが神経伝達を制御していることはよく知られているが(たとえばこれやこれやこれ)、この論文はBCL-xLに着目したもの。BCL-xLは神経伝達を促進するが、その分解産物はむしろ抑制するという。membrane
permeability transitionが正常な神経伝達に関与しているとしたら確かに面白い。
▼ JN。Aplysisaの感覚神経シナプスを用いてsynaptic depressionの意味について問うた論文。前半が実験、後半がシミュレーションという構成はAbbottらの論文を思い起こさせる。こういう論文はなにか夢があって、個人的には好きだ。
9月11日(木)
▼ この日付といえばやはり書かねばならないだろう。「セプテンバーイレブン」と呼ばれている歴史的事件、同時多発テロだ。私は事件後1年以上経ってからニューヨークにやってきたので直接には関係のない出来事だ。渡米後すぐにグランドゼロに足を運んでみた。重苦しい雰囲気だ。事件のときに実際にワートレで働いていたという人にもこれまでに何人かあった。そんな方々に出会うたびに無遠慮にもいろいろな質問をしてみる。あんな信じられない事件が本当にあったんだと実感されてくる。
▼ 昨日から今日に掛けてニューヨークは反テロで盛り上がっている。スパムメールのようなものもいくつか届く。「Don't
forget 9/11!」などと強く謳っている。購読している新聞の一面の見出しも「Won't
forget」と書かれている。だた私は思うのだ。本当ならばそこには「(We should)forget
9/11!」と書くべきなのだと。生ぬるいと言われるかもしれない。しかし、怒りや恨みだけでは何も解決しないと思うのだが。
▼ 一日中、実験のデータ整理。
▼ NK君から細胞移動のムービーが届く。現時点で想像以上によく撮れているのでこれは期待大だ。
▼ 今年の春に、マティスの息子が秘蔵していた美術品100点以上が、ニューヨークのメトロポリタン美術館に寄贈されたというニュースがあった。100点のうち半分がマティスの作品。残りはマグリットらシュルレアリスムの作品だという。これが来年6月についに公開されるらしい。楽しみだ。
▼ Nature。Friedらの報告。ヒトでのsingle cell記録。電極は水平に脳に刺している。海馬のニューロンは抽象的な場所をコードしているが、海馬旁回のニューロンはどちらかというとその場所に特徴的なランドマーク(建物とか看板とか)に反応する傾向があるという。これって、よーくかんがえたら、道を覚えるときの男女差に似たような差異だな。実際、海馬は男の方が大きいことが知られているし。そのほか目的地に反応する細胞もあったりして、こういうのはやはり人間だからこそできる実験か。
9月12日(金)
▼ 午前、実験。昨日のデータ整理で気づいた不足データを補う。
▼ 数日前からラボに新しいメンバーが来ている。今日はじめてちょっと話をした。スペイン人出身で名前はロベルト。でもアメリカではロバートと呼ばれているらしい。
▼ そう!アメリカ人はオリジナルの発音を尊重しないのだ。相手の名前が本来なんであろうと英語風に読む。バッハ(Bach)も「バック」と呼ばれているし、ゴッホ(Gogh、本来はホッホと読む)は「ゴー」、私の贔屓のフェルメール(Vermeer)だって彼らに掛かれば「ヴェーミエ」に化ける。まったく別人だ。そう言われてみれば、私も「名前は?」と聞かれたら「いけ’があや」なんて気取って答えている(日本人の名前は後ろから2番目にアクセントがある)。そんな自分にも問題があるかもしれない。
▼ ちなみにアメリカ人は4文字の名前なんてめんどくさがって呼んでくれない。自己紹介の直後には「Ikeと呼んで良いか」などと聞かれる。大学の友人の「ともあき」さんは「とも」と呼ばれているし、昨日私のアパートに遊びに来た「いそざき」さんなんて「ザック(Zak)」と呼ばれているらしい。まあ、確かに短い方が親しみやすいかも。実際、私は「ガヤ」と呼んでもらっている。Gayaとは「大地の女神(万物を産みだす泉)」のことなんだそうで、ちょっと教養のある人なら誰でも知っているので、とても覚えやすいということだ。あと画家のゴヤGoyaとも似た語感らしい。でも、私はゴヤと聞けば沖縄の苦いウリを思い出すのだが。
9月13日(土)
▼ 妻の誕生日。というわけで昼はBouleyに行く。言わずと知れたデヴィッド・ブーレイ氏の営む店。フレンチにもかかわらず落ち着いた味付けなので、ここはぜひリピータになりたいとマジに思った。もちろんお金があればだけれど。。。チョイスしたムルソー(2000年)がまた良かった。
▼ 正直いってアメリカの食事は全般的にまずい。食生活の面だけをとりあげたら平均的に良質なレストランが並んでいる日本に帰りたいとさえ思う。しかし!東京の最高峰とニューヨークの最高峰を比べれば、あきらかにニューヨークに軍配があがる。マンハッタンには世界でも10本の指に入るような最高のレストランが集中しているのだ。
▼ 帰りは雨の中、妻の買い物に付き合う。
▼ 帰宅したら週刊現代(9月13日号)が届いていた。8月25日に受けた電話インタビューの記事が一部掲載されている。そういえば日本の雑誌を手にするのは久々だ。巻頭は「乙葉
in ニューヨーク」だそうで。そのすぐ後のグラビアに載っていた六條華さんという東大生は今まで知らなかった。ホームページも出してガンバっているみたい。
▼ 3日前の日記に「作った翌日のほうがカレーがウマい」と書いたら、読者から「冷えた後にまた加熱されるので具材の細胞膜が破壊されアミノ酸が放出する」という解説をいただいた。サンクスです! というわけで、翌日まで置かなくても、急冷&再加熱だけで同じ結果が得られるんだそうだ。なるほどねえ。勉強になる。
▼ 関係ないんだけど、この話で思い出したことがある。鶏ガラスープ作り。かつての私の裏技だ。ダシを取ったら、スープをザルで濾してから冷蔵(凍)庫に入れる。すると、脂肪分が分離して上のほうで白く固まるので、それを取り除くことができる。解凍すれば澄んだあっさり風味のダシスープのできあがり。冷やすときに小分けにしておけば作り置きもできて便利なのだ。うむ。。。なんだか主婦のワンポイント豆知識みたいになってきたな。
9月14日(日)
▼ 5ブロック離れたところに新しいスーパーマーケットができたので午後ちょっと買い物に行ってみる。それ以外はずっと自宅にこもって仕事&英語の勉強など。
▼ 学術論文を書くようになって早10年。ここ2〜3年でようやく「a」と「the」の使い分けができるようになってきた。まだまだ論文一本あたり10カ所近くは冠詞を決めあぐねてしまうとはいえ、大方は自信をもってどちらを使うべきか判断できる。
▼ ふと思ったのだが、冠詞の違いはしばしば日本語の助詞「は」と「が」の差に相当するように感じる。
▼ たとえば、「必要は発明の母である」というエジソン(?)の名言は「Necessity is the mother of invention」が訳されたものだが、これは冠詞という観点からは誤訳であるように思う。正しくは「必要が発明の母である」と訳すべきだろう。助詞に「は」を使うのだったら「Necessity
is a mother of invention」にむしろ意味が近い(『そもそも発明の源にはいくつかあって、そのうちの一つは「必要」である』といった感じだ)。
▼ どこかの本で読んだのだが、 この逆のパターンもある。たとえば、物語の冒頭で「昔むかし男がいました」は「There was a man」と冠詞「a」があてられるべき。「There was the man」とすると「昔々(その)男はいました」により近いニュアンスになる(つまり特定の男を指す)。
▼ アメリカ人によれば「aとtheを間違えても、変に聞こえるだけで、意味は通じる」というから、まさに日本語の「は」と「が」を取り違えるミスに似ていると思う。というわけで、通じればいい程度の私の英語レベルならば冠詞などあまり気にしなくて良いのかもしれない。
▼ Fredericksonから亜鉛イオンがらみで共同研究の申し込みが入る。JNSに投稿する論文を手伝って欲しいとのことだったが、さすがに今のポスドクの立場ではどうすることもできず泣く泣く断る。誰が薬作の人やってくれないかなあ。。。
▼ 夜は久々(ほぼ10日ぶりくらい?)にワインとチーズ。
9月15日(月)
▼ Rafaが今日からラボに復帰した。やはりボスがいると空気が引き締まっていいなあ。
▼ 午前実験。午後データ整理。サマータイム制のせいもあって、最近、暗くなって帰宅することがほとんどなかった。今日はひさびさに帰り道が真っ暗だったが、まだ大学構内をホタルが舞っているのに気づいた。日本のホタルとちがって息が長いらしい。ただ、さすがに最盛期よりは数が少ないのかな、門を出るまでに10匹くらいしか見かけなかった。でも美しい。
▼ ふと気づけば今日は「敬老の日」。アメリカにもそれに近い記念日がある。Grandparents'
Dayがそれで、実は昨日9月14日だったのだ。日本のと日付が近いのにはなにか関連があるのかな。ただ、アメリカの場合は日曜日であることからも分かるように、ちょうど「母の日」とか「父の日」のような感じで、とりたてて祝日というわけではない。
▼ 私の祖父母はずいぶんと前に亡くなっていて4人ともいない。というわけで、敬老の日といえどもとりたてて今日はすることはないなっと思っていたら、そうだ!初孫ができた私の両親は今やおじいちゃん&おばあちゃんではないか。うっかりしていた。。。
▼ SF君から送られてきた研究報告をみる。彼は相変わらずデータの見せ方がうまい。これに関連してCA3
recurrent networkについて調べていたら、偶然にもMTさんの論文が引用されている総説を見つけた。話の流れ上、わりとキーポイントで登場している。
▼ 阪神優勝。道頓堀も恒例の大騒ぎだったみたいだね。阪神ファンでないけれど、阪神優勝は景気のよい話で気分がいい。このところの5連敗だったのは甲子園での胴上げに向けての布石だったのかな。この日の午前が星野監督のお母様の告別式だったというのもなにか感じさせるものがある。
▼ 前回の阪神の優勝は1985年。私が中3の時だ。正直いってよく覚えていない。ただ、あの時も「これだけ強いんだから来年もまた優勝だな」と誰もが信じていたような。
▼ 久米宏がNステに復帰したらしい。これもまた私が中3の時。彼がザ・ベストテンの司会を止めたと思ったら、Nステが始まった。彼が司会を降りたらベストテンの人気は一気に下降。一格闘技ファンの私としては、ここは古館さんに是非がんばって欲しい。
9月16日(火)
▼ 午前実験。
▼ 実験は午前やることが多い。8時からスタートして2時前には終わるという感じだ。8時にくると、当然ラボには誰もいない。そんな時に火災警報を聞くと一応びびる。今朝も久々に誤報が鳴った。あ゛、勝手に毎回「誤報」だと決め付けているが、実際に火事だったことも最近あったらしい。
▼ ところで、この大学に設置されている警報の音は日本のサイレンとはずいぶんと違う。なんというか、「ちんちん電車の踏み切りの音」と説明すればわってもらえるだろうか。郷愁と懐古の風情。聞けば誰もがきっとほのぼのとした気分になるだろう。
▼ Yuste研では麻酔液の瓶に「saline」(←セイラインと読む)とラベルされている。本来はsalineとは「塩分を含んだ水」という意味だ。海水やスポーツドリンクなどがそれに相当する。臨床や研究機関ではとくに「生理的食塩水」を指していう場合が多い。つまり0.9%食塩水だね。だから私はこの研究室に来たてのころ、なぜ麻酔薬が「saline」なのか理解できなかった。聞けば、単に「麻酔薬をsalineに溶かしている」だけのことらしい。なんだよ、それ。。。って感じか。
▼ そんな具合で、自分が当たり前だと思っていることも、相手には当たり前でなかったなんてことはよくある話。かつて知人から、「仕事の関係でしょうがなく、生理的食塩水を手に持って地下鉄で運ぼうとしたら、それを見た周囲の何人かが驚いてホームに降り、車両を変えた」という話を聞いた。元オウム真理教によるあの事件のちょっと後の話だそうだ。一応、「サリン」のスペルは「sarin」なんだけどね。
▼ PNAS。飲み水にコレステロールとほんのわずかな銅イオンを混ぜて与えたら、ウサギがアルツハイマー痴呆になったという話。もちろん銅は体に必須な栄養素だ。RDAの基準では一日に0.0009グラム摂取することが推奨されている。が、この報告によると、そのわずか10分の1量でもアルツハイマーになるという。。。打つ手なしか。
9月17日(水)
▼ 予報を見ると今日の気温はな、なんと28℃。というわけで久々に半袖で出かける。。。が、湿度がないせいかどちらかといえば肌寒い気候だった。やはり夏とは違うな。っていうかホントに28℃もあったのだろうか?
▼ クラシック音楽に興味のない人は意外に思うかもしれないが、じつは音楽は「季節モノ」である。食材と同じだ。音楽のシーズンは秋と冬と春である。つまり夏にはコンサートは開かれないのだ。ニューヨークにはカーネギー、メトロポリタン、NYフィルという世界を代表する目玉モノが3つあるが、いずれも10月から本格シーズンが始まる。というわけで、クラシック音楽ファンの私は今か今かと待ちどおしい毎日なのだ。
▼ ただ今年は運が良いというかなんというか、もともとカーネギーホールには大小の二つのホールがあるのだが、今年からもう一つ小ホールができて、今週からそこでコンサートが始まっているのだ。というわけで、今日さっそく今シーズンデビューをしてきた。恒例の学生券で10ドルで入場。もちろんS席だ。NYの学生は厚遇されている。
▼ 初めて入るZankel Hall。これは地下に建設されたホール。内部はモダンな作りで音響もけっして悪くない。しかし!近くを走る地下鉄の音が聞こえるのは大問題だと思うのだが。。。
▼ 今日はブーレーズが手兵アンサンブル・アンタルコンタンポランを率いて自分の作品を演奏してくれた。曲目には彼の最高傑作とされる「主のない槌」も含まれていたが、なにせ現代音楽にはあまり造詣の深くない私。プログラムの中では「2重の影の対話」という曲が一番が楽しめたかな。前シーズンに聴いた「レポン」よりも面白いと思う。
▼ 薬作の研究報告のプリントが郵送されてくる。KN君の研究がすこし進んでいるようだ。ぼちぼちまとめ時か。
▼ 阪神優勝の影響はいまや世界的らしい。ロンドンテムズ川、パリセーヌ川でもジャンパーがでたという。だれかNYハドソン川にも飛び込んだかな?
▼ JN。ピロカルピンによる側頭葉てんかんモデル。内側嗅内野皮質で抑制性入力が減っているという報告。これはLayer
IIの興奮性細胞でおこっているというから貫通線維の始起細胞であろう。この現象、ピロカルピンShotの数日後に早くも見られるという点がなにより重要なポイントだ。
▼ JN。虚血やLTPに伴ったプレシナプスの形態変化を共焦点で時間経過を追った論文。これって過日Rafaが審査していた論文かも。これ系の実験は今見ているシナプスが当のシナプスかという問題がどうしてもついてまわる気がする。JNに通すためにNOまで持ち出さなければいけないところが直球勝負のできないもどかしさを物語っている。いずれにしてもMullerらしい論文。
▼ JN。軸索決定とミトコンドリアの局在について述べた論文。ネガデータが多くて印象は薄いものの着眼点が面白い。Fig5やFig6のような手法はRK君やRXY君の実験に活かせないかなあ。ちなみにこの論文は今週号の表紙を飾っている。細胞がこんなにキレイに並ぶことはないから合成写真だろうがインパクトはある。薬作でもこのくらいは撮りたいものだ。がんばれRXY君。
▼ JN。このHelmchenという人はかつてTankのもとでSvobodaとともにin vivoのカルシウムイメージングを立ち上げた人だな(これやこれ)。vivoで樹状突起にパッチするとは見事。Suprelinearityという結果はCaチャネルの開口には閾値があるんだから当然だろう。そういう意味では技術賞かなって感じの論文。だが最後の段落の考察がうまい。Sakmannらの論文を髣髴させる。こういう魅せ方は見習いたいものだ。
9月18日(木)
▼ 新聞の見出しに「She is comming!」と大きく出ている。なんだ?と思ったら「台風イザベル」のことだった。アルファベット順で「i」ということは、今年で9個目のハリケーンだ。ヨーロッパの言語とちがって英語の名詞には「性別」がないのに、ハリケーンを「she」という代名詞で受けるのはなんとなく違和感があるなあ。かつてハリケーンの呼び名は女性の名前だけだったらしいが、男女平等論からの立場からいまでは男性の名も使われている。ということは、私「YUJI」も登場の機会がある?
でも、自分の名前が使われたら微妙かも。「台風ユウジ、勢力なく上陸前に消滅」とかね。実際に、ハリケーンが住民に多大な被害をもたらすと、同じ名前を持った小学生がイジメにあうらしいからそれはそれで問題だ。ただ私の場合は「Y」だから、順番的にあまり登場の機会はなさそうかな。ん?前置きが長くなった。で、何が書きたかったのかというと、今日はその台風の影響かどうか知らないが、とても風の強い一日だったということ。それだけっす。
▼ 午前はボスと実験のディスカッション。いつでも誰にでも親身に相談にのってくれるのが非常に助かる。自分の薬作時代を思い起こすに、これほどまで学生と頻発かつ密にディスカッションした記憶はないような。Rafaは本質的に「きーつかいー」なんだろうなと思う。
▼ Nature。サルはキュウリよりもブドウが好物。論文に登場するサルは、飼育員にお金(トークン)をわたすとキュウリと交換できることを教え込まれている。でも、あるとき、同僚ザルが同じお金でブドウをもらっていたのを目撃してしまった。そのサルはそれからお金をキューリと交換するを嫌がるようになったという。さらに同僚ザルがお金を払わずにブドウをタダでもらっているのを見てしまってからは、さらに金払いが悪くなった。そんな内容の論文。ちなみに、メス♀のほうがケチ度が高かったらしい。いや、しかし、これでNatureに掲載されるんだなあ。。。思わず、人がイヌにアイコンタクトで意思を伝えられることを示したScienceの報告(←私の好きな論文)を思い出してしまった。ちなみに、オオカミは仮に人間に育てられても人間と高度なコミュニケーションができない。
▼ Cell。TRPC1がIP3受容体と物理的につながっているという報告。なんとHomerが直接の架橋になっているという。Homerの乖離がTRPC1チャネルの活性化を引き起こすらしい。でも、生理条件下でこの機構が実際にSOCの活性化に寄与しているかは不明。
9月19日(金)
▼ 午前実験。今日もちょいと手応えアリ。
▼ Journal ClubはRafaの担当。今書いているスパインに関する本の内容を紹介し、皆で議論するという形式だった。ボスも先輩も後輩も関係なく、皆が対等な立場で徹底的に議論する。ボスが言っていることでも、おかしいと思えば遠慮なく攻撃する。アメリカに渡って驚いたことの一つだ。しかも互いが相手の意見をつねに尊重している点はおそれいる。これは日本も見習うべき点だと素直に思う。
▼ 昨夜、自宅でラジオを聞いていたらマーラーの「交響曲第5番」が流れていた。感動的な演奏だったので詳細をネットで調べてみた。驚いたことに、それはニューヨークフィルハーモニー管弦楽団(NYフィル)のライブ中継放送だった。それで初めて気づいた。NYフィルは一昨日からシーズンの幕を開けていたのだ。素晴らしい演奏だったので、これは聴きに行かねばと、今日早速出かける(NYフィルの演奏曲目は週替わり)。
▼ 指揮は主任のロリン・マゼール。留学するまであまりケアしていなかった音楽家だった。しかし、彼が振るNYフィルの演奏でこれまでハズたことはない。ムーティーばりの強靱なカンタービレに加えて、テンポを自在に操る統率力。そして、ふくよかな歌心。どれをとっても一級である。しかもNYフィルのマーラーは故バーンスタインの血が流れているせいか、本当に熱い演奏を聴かせてくれる。5番の2楽章がこれほど表情に富んで歌われるのは今日まで聴いたことがなかった。
▼ アメリカのオーケストラというとクリーヴランドPOやボストン交響楽団やフィラデルフィアPOなどを思い浮かべる人もいると思うが、私が生で聴いてきた限り、シカゴ交響楽団とNYフィルがトップのオケだと思う。派手さという意味ではNYフィルが上かな。にしても、演奏会の当日に思い立ったように出かけて、たった10ドルで世界最高レベルの実演に接することができるのは本当に恵まれた環境である。NYにきてよかったあと思う瞬間だ。来週の演目は「春の祭典」。これも聴き逃せない。
▼ 根拠はないがふと思ったこと。夏に旅行に行ったベニスのサンマルコ広場にはうんざりするほどのハトがいた。マンハッタンにもハトは多い。こう考えると、「人のいるところにハトあり」ってのは万国共通なのかもしれない。ちなみにアメリカでは、カラスは日本ほど頻繁には見かけない。
▼ 同様にして思うのだが、イヌという動物も不思議だ。彼らはハト以上に人間に頼って生きているように思う。人のいるところにイヌありというよりも、「イヌがいたら人もいる」というほうがぴったりするくらいだ。この世にもし人間がいなくなってしまったらイヌ達はどうやって生き延びていくだろうか? タロとジロに訊いてみたい。
▼ 昨日もちょっと書いたように、イヌは外見こそオオカミやコヨーテに似ているが、明らかに異なる動物である。もちろん源をたどればオオカミから派生した動物であるということは確かだ。だが、「狩猟のためのオオカミを飼いならす過程で自然と生まれた動物」という説は否定されている。DNA解析を用いてイヌの遺伝子を逆のぼっていくと、1万5千年ほど昔の中国大陸のある一匹のオオカミに行き着くという。まさにイヌのマリア様だ。そこで突然変異によってこの世にイヌがうまれたのだ。この事実が判明したのはここ2〜3年のことである。
▼ アジア大陸からベーリンガー海峡を越えてアメリカ大陸に人類が渡ったのは1万〜1万5千年前。その時にはすでにインディアンの祖先たちはイヌを連れていたという記録が残っているらしいから、イヌはほぼ初めから人間といっしょに生活していることになる。ちなみに人間が現在の姿になったのは約20万年前である。
9月20日(土)
▼ 午前はJAKさんの論文の直し。最近、論文書きへの腰が重たいが、数日前からようよく作業を始めた。
▼ 昼は「ロスト・イン・トランスレーション(Lost in Translation)」を観る。昨日、JasonとCindyに薦められた映画だ。推薦理由はたぶん舞台が日本だからだろう。でも、この映画そうでなくてもちょっとした話題作。F・コッポラの娘ソフィアが監督する第2作目なのだ。初作で注目された彼女は、本作でもベネチア祭で絶賛された。ジャンルはsublime
romantic comedyとなっている。タケシの「Dolls」とは違った視点で、日本の姿を耽美的に捉えている。アメリカ人の、それも女性の感性を通して眺めた"美"である。ストーリーは異国での淡い恋ということで、キャサリン・ヘップバーンの「旅情」の切なさを思い出してしまった(舞台背景や設定はぜんぜんは違うけど)。音楽もなかなかよい。こういう低予算映画ががんばっているのにはぜひ応援したい。日本では来年公開らしい。もし、ド派手特撮ハリウッド大スペクタキュラー映画よりも、単館上映系の燻し銀が好きな人だったら、コレはお薦めである。あと、どうでも良い話だが、ソフィア監督はかつて父の作品「ゴッドファーザー」に役者として出ていた。凶弾に倒れていたけれども。
▼ 今日この映画を一緒に観ていたアメリカ人達が爆笑するタイミングで、日本という国が、欧米人にはいかに奇妙に映っているかがよく分かった。たしかに日本人はひどく滑稽かも。日本人からみたら何の不思議もないシーンばかりなんだけど。
▼ 実際に、私もこちらで生活していると黄色人種が見下されているのを痛いくらいに肌で感じる。日本のニュースがテレビで放送されたり、新聞に載ったりすることはほとんどないから、はじめのうちは「単に日本は無視されているだけ?」と思っていたが、どちらかといえば馬鹿にされているといった方が近いと思う。これは私が卑屈になっているわけでない。日本の政治とか風習とかを観ていると、たしかにそう思われてもしょうがないなと素直に感じる。イラク戦争の日本の対応の時などにとりわけそう強く感じた。日本周辺の地域のことは「Far
East」と呼ばれている。私も何度となくその言葉を聞いた。「極東」と訳されるが、元来のニュアンスは「地の果て・辺境
→ 取るに足らない場所」という意を含んでいる潜在的な差別語だろう。それだけではない。街中で私が意図せず相手に多少なりとも不快な行動をすると二言目には「Chinese
Assの分際で!」と嫌悪感むき出しの顔で言ってくる(女性でさえも)。もちろん白人に対してはそんな失礼な言葉は吐かない。こうしたアジア人への根強い偏見が欧米人に存在することは、正直言って渡米するまで気づかなかった。「ロスト・イン・トランスレーション」。そんな視点で観れば、もっと深く鑑賞できる映画になると思う。ただ重要なことは、少なくともソフィア監督は日本好きだという点。じゃなければこのフィルムは撮れない。これは日本へのオマージュだと思う。
▼ 午後は仕事の続き
▼ 夜はワインとチーズ。
9月21日(日)
▼ 気持ちの良い晴天。でも夕方にスーパーに買い物に行った以外は自宅で仕事。JAKさんの論文がだいたい形なる。
▼ 昨日、日本人への潜在的な偏見について書いたが、かつて、韓国人がやはり日本に対して猛烈な不満感をもっていることを知ったときにも驚いた記憶がある。もっとも強く感じたのは私が高3の時のソウル・オリンピックかな。もちろん、過去の歴史を考えれば、反日感情はあって当然だろう。だが、私のような戦争には直接関係していない世代までに反日感情は根強いから驚いたのだ。彼らに直接話を聞けば「日本人と個人vs個人で話しているときには、その人のことをイヤだとは思わない。でも、やっぱり日本という国は嫌い!」とのこと。こちらで韓国人の彼女をもつ友人も、国の話や政治の話や戦争の話になるといつも深刻な喧嘩が絶えないと言っていた。
▼ こうした根強い反日感はもちろん「学校教育」によって植え付けられている。小さな頃からそう教え込まれるのだ。誤解をおそれずに言えば洗脳である。一方、日本の教育では、そうした戦争の側面をけっして教えない。学校の授業からはその過去が慎重に取り除かれている。代わりに敗戦国としての、また悲劇&受難の国としての日本を教え込む。これもまた洗脳である。こうした教育がある限り、両国間の誤解は解けないだろう。両者の価値観の差を、最近の日本では「バカの壁」と呼んでいるらしい(流行語大賞候補か?)。たしかに、諦めるしかないのかもしれない。そもそも世界中の人間同士がすべて理解しあえるなんてあり得ないのだ。だって、脳は一人一個しかないのだから。もちろん教育は必須だ。だが一方で、教育とは多かれ少なかれ「偏見」を脳に移植する行為でもある。
▼ 話は変わるが、最近、研究のうえで「教育」がいかに重要かをよく再認識させられる。ボスのRafaは素晴らしく頭が切れる。私などとてもかなわない。彼はユダヤ人。だから頭が良いのかと思っていたが、たぶんそれだけではない。おそらく素晴らしい教育を大学・大学院時代に受けてきたのだろう。私も教育の点では(少なくとも日本の中では)恵まれていた方だとは思うが、でも、やはりRafaのレベルとは違う。何かが違う。何が違うのかが分かれば答えは簡単なのだが、それが認識できないのがツラいところ。なにしろ私の受けてきた教育という洗脳によって、そうした客観的な認識力さえも妨げられているから。この点は今後、自分を再教育しなければならない課題だと思う。自己研鑽。ともかく、身近に目標とする人がいるのは幸せなことだ。
9月22日(月)
▼ 午前はポスドク候補によるセミナー。ドイツ人。今年出た彼の論文(Nat Cell
Biol)は読んだことがあって内容を部分的に知っていた。
▼ 午後実験。
▼ 昨日の試合で、ヤンキースの優勝マジックが、ついに2まで減った。つまり、今夜勝てば優勝が決まる可能性があるわけだ。というわけで、その瞬間を見ようとヤンキーススタジアムへ。。。と、思ったが、おとなしく自宅でJAKさんの論文の推敲をする。実際、今日はヤンキースが延長サヨナラ負けで、マジックは足踏みだった。行かなくて正解。私の予想では優勝は明後日とみた。
▼ 昨日の韓国話題の続き。韓国で話されている言葉は?と聞かれると「ハングル語」と答える人が多い。私もかつてはそうだった。でも厳密に言えば「ハングル語」という言語は世の中にはないらしい。ハングルとは韓国で使われている文字のこと。つまりハングル文字。だから「ハングル語」とは、日本で言えば「ひらがな語」とか「カタカナ語」に相当する感じで、ちょいとおかしいのだ。韓国で話されている言語は、そう、韓国語(朝鮮語)である。韓国語は、さすが隣国だけあって日本語と文構造が似ている。同じラボのSila(トルコ人)に聞いたら、トルコ語やモンゴル語とも文法が似ているというから、おそらく、日本語や韓国語は古代中近東から伝播して、いわゆる「アルタイ語系」ができたのだろう。
▼ 韓国語と日本語は文法だけでなく言葉そのものも似ている。こちらで知り合った韓国人がいろいろ教えてくれる。たとえば「ナメちゃやあよ」とか「痛いけど噛むのだ」などは、耳で聞いた感触が韓国語に近いらしい。単語レベルでいえば「約束」「温度」「計算」「調味料」などはそのままで通じるという。そんな中で、もっとも個人的にウケたのが「微妙な三角関係」だ。韓国でも「ビミョウナサンカクカンケイ」と言うらしい。思わず薬作のJAKさんにも確認してしまった。
▼ でも、こんなに似ているのに、日本語と韓国語の会話はお互いにまったく通じない。やはり別の言語であって「方言」とは違うんだなあと実感させられる。スペイン人のCarlosに聞いたら、彼らはイタリア語は理解できないと言っていたから、ちょうど日本語vs韓国語みたいなものかも。ただ、ポルトガル語は容易に分かるらしい。江戸弁と関西弁みないなものかな。
9月23日(火)
▼ 午前は実験。昼はNuerolunchでちょっと中断。NeurolunchはNYUのGanによるtalk。今日はスパインの話だったけど、私としては彼の業績のなかではやはりDiI/DiOをgene
gunで打ち込んでいた3年前の論文が印象深い。
▼ 午後はJAKさんの思案。Brendonにも内容を相談する。
▼ 今日は結婚一周年記念。ずいぶんと以前からDANIEL(ダニエル)を予約していた。が、折角のフレンチなのに、よりによって今日は胃腸の具合がよくない。飲みすぎだろう。ここ3日間で夜はワイン&チーズの連続なのだ。。。最悪の体調のなか、それでも、予定通りダニエルに向かう。んで、着いてみたら雰囲気に圧倒されて体調不良なんか吹っ飛んだ。ここはすごい。偶然にも今日はNY市長のブルームバーグ氏もそこで食事をされていた。料理は細部まで手が込んでいて圧巻だ。ワインはラス・カーズ88年を合わせる。あまり期待せずに頼んだラムなんかも、今まで食べてきた中で最上級の味わいだった。感激。ただ、交通渋滞に巻き込まれて予約時間よりも大幅に遅れていったので、あの有名な豪奢ホールで食べれなかったのが残念だ。
▼ そういえば、ここのシェフのダニエル・ブルー氏は今年11月に日本を訪れるらしい。
▼ 読者から不思議なメールをいただいた。『日記に書かれている「NMDA受容体依存性の可塑性」の「依存性」とは何ぞや?』という質問である。実は当初私はこの質問の意味が飲み込めなかった。何が聞きたいのだろう。。。でも、よーく考えたら理解できた。そうなのだ。私の文章では「依存」という言葉の使い方が普通ではないのだ。「依存」という言葉を「〜が媒介する」というニュアンスで使うのは科学界独特の言い回しなのかもしれない。おそらく、アルコール依存とか薬物依存というのが世間一般の使い方だろう。となれば、「NMDA受容体をつねに服用していなければ禁断症状がでてしまう可塑性」とは一体なんぞや、と疑問に思っても不思議ではない。
▼ そういえば、「『示唆する』という使い方が普通と違うよ」と、妻に注意されたこともある。そうした意味で、私が書いている日記の内容は、一般の方々に多くの点で誤解を与えるだろうことは容易に想像できる。
▼ でも無意識のうちに「業界用語」を連発しまうのはきっと私だけではないはず。
▼ 日常生活で「鍋に食塩をたす」ことを「添加する」とか言い始めたら科学業界用語連発病の初期症状。要注意だ。「卵をとく」ことを「攪拌する」と言ったら間違いなく病魔に冒されている。そういう人は「我慢の限界を超える」ことを「閾値に達する」などと言うにちがいない。典型的な所見である。さらに「のろまなヤツ」を指さして「あいつが律速だ」とまできたらもはや末期症状。回復の見込みは低いだろう。
▼ こう考えていくと、たしかに私、発症しているな。ちなみに、この日記に頻出する「ラボ」とは「ラボラトリ」つまり「研究室」のこと。「LOVE」のミスタイプではないのでご注意。「ラボの暗室で二人で未知の試み」と書いてあっても変な想像をされないように。
9月24日(水)
▼ 昨夜はラス・カズだけでなくヴーヴ・クリコも飲んだので二日酔い。午前は頭が重かった。実験は軽めに。
▼ 昨日のGanの講演のあとで、さっそくRafaはコラボを決めたらしい。Brendonと私が派遣されることに。私がこのラボで完成させたimaging技術をvivoにも応用しようというわけだ。この技術がvivoでも機能しうることは、私もすでにpreliminaryには確認済みなので、新しい系への拡張はたしかに期待が持てそうだ。
▼ 今朝、『海馬』の読者から「196ページで出てきた『頭がよくなる薬』を月3千円で」との依頼メールがきた。もちろん真剣なメールである。海馬が出版された当初はこうした手紙やEメールは毎日何通も届いたものだ。最近では久々だ。もちろん「薬」なんてまだまだとても無理な話なのだが、しかし、もし今の段階であの試薬を売るとしたら1日分量で数百万円あっても足りないくらいの高価なもの。月額で言えば億単位になる。そこまでして記憶力が良くなりたい人なんて本気でいるんだろうか。
▼ 妻の日本の友達がいま泊まりに来ているので、夜はヴィレッジ・バンガードに出向く。ジョー・ロヴァーノという人(ジャズ界ではわりかし有名らしいけど知らなかった)の演奏。数年前に出したNONETというアルバムから演奏していた。これがまたなかなか良かった。ルイス・ナッシュのドラム、ジョン・ヒックスのピアノなど本当にシビれる熱演だった。
▼ Neuron。Aplysia LTFのメカニズムに関する論文。Confocalでプレシナプス蛋白の動態をTime-Lapse観察しているのだが、これによって、(1)
そもそも神経終末にはシナプス小胞が入っていない空洞のものがある(電顕でも確認)。(2)
LTFの誘導によってそこにシナプス小胞が流れ込む。(3) 同時に新しい神経終末も誘導される。という3点が明らかになった。時間的には(2)は30分以降に始まるが、(3)は12時間以降だ。数量的には(2)と(3)の比率が3:7くらい。数時間だけしか持続しないLTFでは(2)のメカだけで説明できそうだという。というわけで次なる疑問はEmpty
varicosityがそもそもどうしてそこにできるのかだな。
▼ Neuron。前頭前野からmultiunit記録。数日間にわたる観察。working memoryはcell assemblyによってコードされているらしいこと、またsequential
activityが重要らしいことを提唱している。decodingの評価にベイズ理論を使っている。私の実験はvitro系なのだが、この論文は私の研究に非常に近い路線だ。
▼ 内容は書かないが、今号のNeuronでもっとも面白いのはHuntingtinの機能に関するこれとこれだ。
▼ JNS。扁桃体からのunit記録による実験。内側前頭前野を刺激すると、BLA刺激によるCEAのspike発生が数十msにわたって抑制されるという。この現象はintercalated
cellsが媒介している可能性があるという。記録しているCEAのニューロンは脳幹に投射している可能性が高いというので、なかなか示唆に富んでいる。KN君もvivoのunit記録系をきちんと立ち上げて、このくらいのデータが出せるようになったら面白いと思うのだがどうだろう。やはり神経はoutputしてナンボの細胞なのだし。ちなみに扁桃体のintercalated
cellsはその特徴的な形態からこの論文で大活躍した細胞だ。
▼ JNS。BDNFがIPSCを減少させるのは自明だが、抑制性神経へ入力するIPSCはなんと逆に増強させるという。これがポストのK/Clトランスポーターを介しているというから驚き。とはいっても、Pooにしては珍しく平凡な論文かな。それでも一般以上のレベルを保っているのはさすがだ。
▼ JNS。Barrelの4層から2/3層へ投射する星状細胞の軸索のreorganizationの話。幼弱期にはカラム特異性が低いが、だんだんと増大していく。データをみる限りどうやらretractionによるものではなく、カラム内への選択的な軸索誘導によるものらしい。activity
非依存性のreorganizationの一例として重要な知見だ。
9月25日(木)
▼ Brendonとプログラミングのアルゴリズム&JAKさんの論文の相談。Brendonはかつてループ処理を省略してPC処理を高速化する手法を専門に研究していたらしく、彼のアルゴリズムの巧さには舌を巻いた。実際に、従来25時間掛かっていたPC演算を1分以内に完遂するアルゴリズムを開発したこともあるらしい。明日のJournal
Clubの準備。
▼ 夜はNYCオペラへ。じつは初めて観る。残念ながら学生券、当日券はともに売り切れ。でも、お隣にあるメトよりも格安なのでお得だ。最上階の25ドル席で観る。演目はドニゼッティ作曲「ルチア」。メトに比べて豪華さという意味では劣るが、実験的な演出がなかなか光る。今日はなによりエドガード役のJorge
Antonio Pitaの美声が素晴らしかった。それからルチア役のJennifer Welch-Babidgeはおそらく身重だったと思うのだが、にもかかわらず、難しいことで有名なあの「狂乱の場」を見事に演じきっていた。メト派の私としては初めはナメていたが、ホール内装のセンスといい、演奏の質といい、NYCオペラに大満足で帰ってきた。
▼ 先日書いた「業界用語連発病」は反響が大きかった。読者の意見によれば、例えば「有意」、「定常状態」、「共洗い」、「コントロール(対照)」を日常的に使うのはかなり変らしい。うむ、気づかなかった。もはや私は社会復帰できない身かも。
▼ ところで昨日訪れたVillage Vanguard。周辺はゲイが多く住んでいることで有名。以前たまたま近くまで行ったらゲイ・パレードの当日で驚いたことがある。ゲイはやはり普通の男女より相棒を見つける機会が少ないのだろう。ある特定の場所に集まって、出会いの確率を高めているらしい。独特の虹色マークがあって、それを身につけているとゲイだと分かる仕組みにもなっている。実際、窓際に虹柄の旗を出して「私はゲイですよー」とアピールしている家もある。確かに相手を見つけるには格好の方法だろう。
▼ アメリカは日本よりもゲイ文化が進んでいて、その関係が公認されている。というのが私の認識だったが、実際にはまだまだのようだ。昨日も駅で別れ惜しんで熱いキスを交わす男性同士を見かけたが、周囲のアメリカ人は好奇の目で見ていた。NYはゲイにとってまだまだ理想郷とは言えなさそう。カリフォルニアはもっと革進的らしいが。
▼ NS。Emx1IREScreマウスを応用したBDNF KOの学習能に関する論文。この手法はαCamKII-Creよりも前脳特異性が高い。
▼ TINS。かつてMcBainのラボにいたMaccaferriによる海馬のinterneuronの総説。未読。
▼ というよりScienceにNetwork関連の特集が載っているのでそちらを読むのが優先だろう。毎年この時期にScience誌では脳関係の特集を組んでくれて、たいていそれは面白いのだが、今年はNetworkというキーワードで様々な視点(脳以外も含む)からの総説が並んでいるので個人的に期待大。著者にはSejnowski の名前も見える。
9月26日(金)
▼ 午前は実験。
▼ 午後はJAKさんの論文。データもそろって一応見かけ上完成。この週末に細部の文章表現を練って来週にまたBrendonに最終稿の相談をしよう。
▼ SF君の論文の返事が来る。ようやく acceptable after minor revisions
まで漕ぎつける。あと一息だ。
▼ Journal Club。今日は私の担当。6月に発表されたPooの論文を取り上げた。私は皮質の自発発火についての仕事をしているので、この論文を使って、一見無秩序に見える発火パーターンのなかに潜む「繰り返し配列(Motif)」の重要だと主張した。その点は皆には納得してもらえたが、Rafaはやはり頭が切れる。こちらが想像だにしていなかった視点から質問をしてくる。彼が発言すると毎回そこから議論が新展開を見せるからさすがだ。コロンビア大の生物系ラボでNo1のキレ者と言われているだけあるな。うーん、勉強になる。っていうか、努力しても当分彼のレベルには到達しそうにない。。。
▼ 今夜はNYフィルの「春の祭典」を聴きに行こうとしたら、開演時間がナゼか昼の11:00だった。というわけで、楽しみにしていた春祭は聴けずじまい。
▼ 今朝CNNニュースを観ていたら、珍しく日本の風景が放映されていた。NHK釧路支局の激震の模様である。アメリカ人にとって「地震」という自然現象は珍しいらしい。
▼ ついでにCNNニュースから。今夏の南欧の熱波で1万4802人も死亡したらしい。老人の死亡率は例年の1.7倍だとのこと。あの猛暑は確かにむっちゃくちゃ暑かった。ホント参った。でもおかげで今年は世紀的なワインの当たり年になりそうだという。まずはヌーボーが楽しみだ。ん?待てよ?良年ワインは普通は熟成が遅いから、ヌーボーはかえって不味いということになるのかな。
▼ NN。Nicollラボから海馬苔状線維のLTP。Kainate受容体の関与。このシナプスのLTPは終末側で発現されるのでCNQX存在下でもNMDAシナプス応答を見ていればLTPが観察できるという利点がある。非常にきわどい実験条件を使ったデータだが、主張していることは明瞭。KA受容体はLTPを「媒介している」のではなく、「その閾値を調節している」という点。というわけで、近隣のシナプスから流れてきたグルタミン酸によってもLTPは調節されうることになる。後半の実験はextraだし、RKさんもこの路線で実験すればいいのでは。
。トホホ。
9月27日(土)
▼ 自宅で仕事。午前はTY君の論文のFigとJAKさんの論文原稿の手直し。午後はeditorへ再投稿用の返事を書く。
▼ でも、一日中まったく外出しないのもなんなので、夜10時からの映画を見に行く。特に最近NYは物騒で、凶悪な殺人が毎日のように起こっている。すぐ近所でも事件があった。通りすがりの一般人が殺されているから質が悪い。事件はいずれも夜だ。一瞬、出かけるのがためらわれたが、気にせず外出。こうして日記を書いていると言うことは、まあ無事帰ったということだ。
▼ さて今日の映画。先日「ロスト・イン・トランスレーション」を観て興味をもったソフィア・コッポラ監督、その処女作「The
Virgin Suicides」だ。日本でも「バージン・スーサイズ」というタイトルで公開された映画である。「ロスト・イン・トランスレーション」の興行的な成功もあって、いまNYではリバイバル上映されているのだ。
▼ 映画の内容は、厳格な家庭に育つ五姉妹が結局全員自殺してしまうという話。雰囲気としては一歩引いた視点から淡々と綴られた美しい抒情詩だ。しかし!思春期の女性の不思議さというか神秘性というか、とにかく、この映画の主要なメッセージが、男である私には今ひとつ飲み込めなかった。
▼ いま妻は漱石の『こころ』を読んでいる。「これって同性愛じゃん!前に読んだときには気づかなかったけど」と。確かに描写されている男の友情関係は親密すぎるかもな。ちなみにアメリカでは『こころ』はホモ小説として認識されているらしい。
▼ 日本ではタイガースが独走で優勝したが、アメリカのタイガースはもっとスゴい。年間120敗というメージャーの大記録にリーチなのだ。絶不調の横浜ベイスターズをはるか下を行く成績だ。ちなみに記録がかかった今日はサヨナラ勝ちしている。
9月28日(日)
▼ 午前はSF君の論文の直し。Editorへの手紙も書く。夜には早速、SF君からも原稿確認のメールが来た。善は急げ。なるべく素早く改訂投稿して受理に漕ぎつけたいところだ。
▼ 昼過ぎにエンパイア・コーヒー&ティーという老舗にコーヒー豆を買いに行く。板村さん、谷さん、安居君の3人からグアテマラ土産に沢山いただいた美味しい豆が尽きてしまったからだ。私は中米系の豆が好きなので、浅焙りのグアテマラと、深焙りのコロンビアを1ポンドずつ購入。帰宅してさっそく後者を煎れる。ウマい!
▼ ちなみに私が一押しのコーヒーは上野の「ウエスタン北山珈琲店」で飲める熟成コーヒーたち。これを超えるコーヒーにいままで出会ったことがない。超おすすめ。
▼ 出かけついでにメトオペラの学生券を数公演ほど購入。今週からシーズンが始まるのだ。
▼ 夕方からはまた仕事。プレゼンテーション用のスライド作り等。
▼ 夕食は近所のアジアン・コンビニで買ったおでん。おでんなんて久々だ。旨い。24個も具が入って6ドル以下だからこれからも機会があったら買おう。
▼ 食事中にテレビをつけたら「ユー・ガット・メイル」をやっていた。それで知ったのだが、この映画の舞台はマンハッタンのアッパー・ウェストだ。つまり私のアパートの近所。出てくる風景がいちいち知っている場所なのでおどろいた。にしても、見慣れた風景、なぜかブラウン管を通すと美しい。
▼ AB君のAβ論文がNaunyn-Schmiedebergs Arch Pharmacolで公開される。でもまだPDFで落とせない模様。
▼ 実家から戻った妹が子育てにてんてこ舞いしているらしい。「子育ては母親を精神病に陥れる」っていうけど納得できる。きっと想像を絶する大変さなんだろうな。来年から職場に復帰する予定だと聞いているが、それまでにもいろいろと考えなければいけないこともあるだろうし。
▼ ところで、アメリカでは「12歳以下の子供を残して外出してはいけない」という決まりがある。破れば法に基づいて罰せられる。日本では考えられないしきたりだが、アメリカにはそれをサポートするためのシステムもある。たとえば、日本よりもベビーシッターが圧倒的に多いのだ。そして安い。12歳といえば小6だから本人の自由を認めないのはちょっと過保護にも思える。が、社会の危険性を考えれば妥当なのかもしれない。
▼ ちなみにベビーシッターには黒人やヒスパニックが多い。ベビーシッターだけでなく、店のレジ打ちや、街の掃除のおじさん、アパートのドアマン、警備員、タクシードライバー、工事現場で働く人も、黒人やヒスパニック系が普通だ。白人はほとんどいない。「いや、もしかしたら、白人は周囲の目があって、なりたくてもなれないのかもしれないね」というのは妻の意見。だとしたら「白人」というプライドも窮屈なもんだな。と、考えるのは黄色人種の卑屈な考え方か?
9月29日(月)
▼ 朝ゼミ前にSF君の論文を再投稿する。BrendonにはJAKさんの論文を再度託す。
▼ セミナーはRoberto。Caged化合物に関するデータ。開発した化合物は従来にない特殊な構造をしていて「利点が多い」との主張だったが、なにせ学生の頃に習った化学のことはすっかり忘れているので、パイ軌道だの電子供与だの言われても、なんとなく消化不良だった。いかんなあ。
▼ 越後さんから作曲家望月京(Misato Mochizuki )さんのCDをいただく。彼女の曲を聴くのは初めて。演奏はクラングフォルム・ウィーン。前知識なしにまず聴いてみる。分野は現代音楽なのだが、想像していたのよりもクラシックなスタイルだ。細部まで丁寧に作られているのが私の好み。実際、楽譜を見ると偏執狂に近いくらいのこだわりが見て取れる。Chimeraという曲は例外だが、そのほかの曲は、多く部分で、トレモロを多用したり、おそらく邦楽器(尺八の音法、箏のポルタメント、笙のクラスタートーン(?)など)の語法を応用しているのだろう、結果として音空間が安定している。前衛音楽にありがちな不快感がないので、音の洪水に身をゆだねると心地良ささえ覚える。とりわけ古典的な作風でダイナミズムに溢れているのはLa
chambre claireという曲。にしてもこういう音楽を作りながら陳腐にならないのはさすがだなあ。だからこそこんなに嘱望されているんだろうけど。
▼ コンビニでウナギが安売りしていたので夕食に。こちらに渡ってから初めて口にするのウナギだ。1匹で3ドル以下だから中国産かなんかだろう。が、旨いものは旨い。
▼ RK君から「東京は金木犀の季節」というメールをもらう。なぜだ。。。今日、私はこの秋初めてコートを着て大学に行ったのに。実際、週間予報を見ると今週のNYは最高気温が13〜16℃、最低気温は7〜9度くらい。東京でいえば晩秋、というかほとんど冬だな。にもかかわらず、コロンビア大学ではいまだに全館冷房を切らない。。。まぢ寒い。どうなってるんだ、アメリカ人。
▼ 金木犀といえば、小さな頃から実家のトイレのわきに金木犀が植わっていた。いわば天然版の消臭剤だ。数年前の改築で切り倒されちゃったけど。
▼ この日記。過去の日付けにさまざまなミス発見。このまま行ったら明日は9月31日になるところだった(!?)。。。というか結婚記念日の日にちまで間違えていたのには妻に呆れられそうだ。
▼ JSC。培養皮質神経のTime Lapse撮影。抑制性神経は「突起発芽が遅い」とか「興奮性とは異なりMigrationする」など、現象としては面白い知見が並んでいる。一部のデータではBDNFも使っている。
9月30日(火)
▼ 午前実験。
▼ Carlosがラボに帰ってきた。休暇を取っていたのだと思っていたら、Yusteラボからの派遣でスペンイに帰国していたようだ。
▼ RK君の論文。再投稿に向けてデータもそろい完成に近づきつつある。来週には出せるかな?
▼ 喜鮨に釣られて薬作同窓会の掲示板に投稿!ほんとに連れて行ってもらえるのだろうか。と思ったが、やめておく。というか、薬作の学生さんたち、投稿してあげればいいのに。とりあえず、喜鮨エサが逆に皆の沈黙を誘発しないことを祈っていよう。
▼ 夜は今シーズン初メト。ワーグナー作曲「トリスタンとイゾルデ」だ。このオペラ(楽劇)は私が愛して止まない曲。クラシック音楽界の最高傑作だと信じている。今日はLevine指揮、Jane Eaglen(イゾルデ)、Ben
Heppner(トリスタン)、Rene Pape(マルケ)と豪華メンバーだ。実際、歌はホントに最高レベルだった。でも、演出が。。。モダンでシンプルな幾何学的工夫はよいのだが、ところどころ稚拙だったりして、なんとなく音楽とミスマッチだった。実際に聴衆からは失笑も起こっていたし。でも、この曲は登場人物の内面描写が主だから、演出は他のオペラに比べればさして重要な項目ではない。そういう意味ではまあ満足な夜だったかな。
▼ ところでワーグナーの楽劇はとにかく長い。今日も午後7時からスタートして終わったら12時を回っていた。渡米してからワーグナーを聴くのは「パルジファル」「マイスタージンガー」に続いて3回目だが、学生時代に比べて全曲を聴き通す集中力がだんだんなくなってきた気がする。
▼ PNAS。言語に対する左脳優位性が先天的であることを示す論文。
▼ JP。過酸化水素&電気生理。標本は神経筋接合部だけど。
(2003年)