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11月1日(土)
▼ 休みにも関わらず早起きして、朝からTY君の論文と奮闘。
▼ 美しい快晴。気温もなんと23℃。自宅にコモっていてはもったいないと、アパートの裏側にあるハドソン川沿いのリバーサイド公園を20分ほど散歩。撮った写真。まだちょいと早かった。来週あたりが紅葉の見頃かな。
▼ ランチはマディソン通りまで出向く。食後はセントラルパークを通って帰宅。市街地より若干寒めだけある。ここでは紅葉まっさかりだった。美しい。
▼ 帰宅後は、TY君の論文直しとRK君のReviewのAuthor Proofに再奮闘。
▼ 夕食後、TVを付けながら論文を書いていたら、むしろTVの方にはまってしまった。「ダンス・ウィズ・ウルブズ」はやはり面白いなあ。映画史上に、技法とか技術とか、とにかく何か芸術的な革命をもたらした傑作というわけではない。でも感動的だ。ちょっぴり長いけどね。
11月2日(日)
▼ 昨日に引き続き天気が良かった。週間予報によるとしばらく20度以上の気温が数日続くらしい。どういうわけか知らないけど、ともかくありがたい。
▼ 今朝も早起き。TY君の論文に精を出す。
▼ 昼前から妻の友人の誘いで「ゴスペル」を聴きにハーレムの教会に行く。「Bethel Gospel Assembly」という団体。キーボード、ドラム、エレキ、ベースなどをふんだんに使った音楽は、まさに「天使にラブソングを」のノリノリの世界そのものだ。とはいっても、儀式自体はとっても神聖なもの。黒人文化に受け継がれてきた宗教の深遠さ、信者たちの情熱と敬虔さとを知ることができた。教会を訪れる人に観光客はほとんどいなく、我々は何となく場違いな感じだったが、ともかく私には貴重な経験だった。
▼ ちなみにハーレム地区は私のアパートから比較的近いのだが、治安上の理由もあってあまり行くことはない。でも、ハーレムに一歩でも踏み入ると、独特の世界が築かれていていつも圧倒される。こんな感じの雰囲気。料理もウマいらしい。
▼ その後はシティー・センターに出向きアメリカン・バレエ・シアター(ABT)を観る。今日はガラ形式。プリシパル級のトップ・ダンサー達がこれでもかと出演。アンヘル・コレーラ(Angel
Corella )、ホセ・カレーニョ(Jose Carreno)、イーサン・スティーフェル(Ethan
Stiefel)の3人が踊るバーンスタインや、エルマン・コルネホ(Herman Cornejo)
のチャイコフスキーもすごく良かったが、なんと言ってもイリーナ・ドヴォロヴェンコ(Irina
Dvorovenko)とマキシム・ベロツェルコフスキー(Maxim Belotserkovsky)だ。今まで、この二人の組み合わせでハズたことは一度もない。
▼ バレエの後は偶然通りかかって見つけた「Josephina」というレストランで食事。さらに映画を一本観て帰宅。
▼ 観た映画は「The human stain」。日本では「白いカラス」という題名で来年に公開されるのかな。予備知識なく観に行ったのだが、アンソニー・ホプキンス、ニコール・キッドマン、エド・ハリスの3人が共演するということで話題作らしく、映画館は満杯だった。原題も邦題も、その意味は映画を観ればわかる。っていうか、そのままだ。ストーリー的にはまあ普通の映画かなって感じだったが、エド・ハリスの演技は渋い。
▼ ところで今日はマンハッタンのあちこちで救急車のサイレンを何度も聞いた。そう、ニューヨーク・シティー・マラソンが行われているのだ。日中は予想外に気温も高く、倒れる人が続出したのだろう。このマラソン大会は世界中からプロ・アマ問わず大勢の人が集まる。日本からはこんなツアーだって出ているのだ。
▼ 帰宅後はまたちょっとだけ論文書き。この週末に一通り終わらせる予定だったが、勉強不足でいろいろ調べながらやっているせいか、まだ半分にも到達していない。単に集中力がないだけという説もあるが。
▼ 一昨日のHalloween。子供達が誰も訪ねて来なかった理由がわかった。妻によれば、なにやら玄関口に台帳のようなものがあって、そこにリストアップしてあると「どうぞいらしてください」の印になっているらしい。私はそこにサインしていなかったのだ。なあんだあ…。でも、考えてみれば当たり前のシステムである。どんな家だってWelcome状態というわけではないだろうし、そもそもアメリカという国は今や多宗教国家。すべての人がハロウィンを祝うわけではないのだ。
▼ なんてことを考えながら、かれこれ10年ほど前に大きく報道された事件を思い出した。留学中の日本人学生が、ハロウィンの夜、仮装して友人宅を訪ねるつもりが、誤って近隣宅の扉を叩いてしまった。不法侵入者だと思った主人は、「Freeze!(動くな)」と銃口を向けるが、彼は冗談と捉え近寄ったため射殺されたという悲劇だ。
▼ この事件、いざアメリカに住んでみると、いろいろな視点から眺めることができる。パーティー好きの欧米人。かつブラック・ジョークも大好き。一方で、隣人同士の繋がりが希薄な現代でも続いているハロウィンという奇妙な習慣。家族を守る使命感の強いアメリカ人。そして銃社会。たしかに事件の原因はいろいろとあるだろう。ただ、日本人留学生の英語力不足という点も忘れてはなるまい。私も映画の鑑賞中、銃を手に「Freeze!」と叫んでいる緊迫したシーンなのに、『なんで「Please(どうぞ)」って言ってんだ?』と勘違いしたことが何度もあるのだ。でも、こんな場面で「I
beg your pardon?」なんて聞き返すのも、それはそれで間が悪いかも。
11月3日(月)
▼ 今週もMeetingはポスドク候補のTalk。日本からのアプライの方だったので昼を一緒にとる。彼もまたスゴい業績の持ち主。
▼ 午後はラボの仕事を止めてTY君の論文。
▼ 「先週号のNatureに載ったHeintzラボの論文を読んでおくように」との指令がRafaからラボのメンバーに出た。Rafaは『the
bible of GFP mice』と呼んで賞賛している。たしかにこれはエポックメイキングな論文になるだろうな。よく見たらSupplementary
tableの中にはSema3AやSema3Fもリストアップされているではないか。結果が気になる。
▼ Jesseの論文は11月30日号のNeuron誌の表紙を飾ることが決定した。本文も全15ページと力作。スパインの機能の少なくとも一つはCa2+コンパートメントを作ることであると考えられている。つまり、あのキノコ様の形態はカルシウム拡散に対して空間的抵抗を作っているというわけだ。となれば「スパインのないシナプス、たとえば抑制性神経のシナプスでは?」という疑問が当然生まれるだろう。意外なことに、Aspinyシナプスでもカルシウムは拡散せず局所的な動態を示す。むしろ、スパインがある時よりも高度にコンパートメント化されているくらいなのだ。んで、これは何故か?というのが彼の論文の内容である。
▼ 夜はAvery Fisher Hall。今夜はフェドセーエフ(Fedoseyev)指揮のウィーン交響楽団によるオール・ベートーヴェン・プログラムだ。
前半はニコライ・ズナイダー(Nikolaj Znaider)をソロに迎えてのヴァイオリン協奏曲。後半は英雄交響曲。
▼ 今日のコンサートで何より特筆すべきはズナイダーだろう。今まで聴いてきたバイオリンでは、アンネ・ゾフィー・ムター(Anne-Sophie
Mutter)の演奏が私にとって最も記憶に残っているが、今夜出会った演奏はそれに迫る。ムターの艶やかな音とは対照的に、ズナイダーは夢見るような甘い音で、ゆったりと丁寧に弾き込む。透明なE弦、まろやかG弦。ストラディヴァリではあの音はでないと思うのだがいかがだろう。そしてまた、その徹底した美音が、まさに彼のリリカルな演奏スタイルにぴったり。何を隠そうベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は正直私には退屈な曲の一つなのだが、「こうやって演奏すれば、なるほど、これはたしかに名曲だ」と大発見だった。あの2楽章の美しさは並でない。彼はまだ28歳。将来のクラシック界を背負って立つ逸材だろう。
▼ 一方、オケの伴奏はあまり冴えなかった。後半のエロイカは聴かずに帰ろうかと思ったくらい。でも、前半とはうって変わって、活き活きとした好演を聴かせてくれた。にしても英雄交響曲はホントに名曲中の名曲。これを作曲したときベートーベンは私と同い年の33歳。彼の才能には本当に妬けるなあ。っていうか、TY君の論文書きガンバらないと…
11月4日(火)
▼ 午前実験。データーの「N」揃え。午後は学会ポスターの図の作成。そしてTY君の論文。
▼ 新しいポスドクがイギリスからやってきた。名前はAndy。神経モデルを操る理論家である。いろいろな意味で期待してしまう。
▼ 今日はCarlosの誕生日。ラボでちょっとしたパーティーがあった。こちらの誕生パーティーは「本人がセッティングして皆をもてなす」というパターンが多い。Carlosとその彼女のYvetteが買ってきたケーキは典型的なアメリカのケーキ。つまり、とっても甘いのだ。下品なくらいに。ぜひ一度、日本人の皆さんにも味わって欲しいなあ。
▼ 夜、湯舟に浸かりながら読んだ論文。ずいぶんと前から知っている内容ではあったが、この論文を読んだのは初めて。感動した。っていうか文章からしてうまいんだよな。Weizmann Instituteには天才肌の研究者が多い。
▼ 今日はショックなことが。。。Yuste研の発表ポスターの台紙が何色に決定したのかをRochelleに訊いたら、「うえ〜っ」との返答。どうした吐きたいのか?もしやあのケーキが当たったか?と心配したが、彼女はいつも通り血色がいい。しかし同じ質問を何度聞き返しても「うえ〜っ」と答えるだけ。もしかしたら私の知らない「うえ〜っ」という発音の英単語で「色」を表す言葉があるんだろうなあと察し、「んで、その『うえ〜っ』とは、どんな系統の色に相当するのかい」と訊いてみた。そしたら驚いたように目を丸くして、やはり「うえ〜っ」とだけ答える。そんなシュールな押し問答が10回近く繰り返されたのち、Rochelleは諦めたように単語のつづりを教えてくれた。「R」「E」「D」。。。....
. .
▼ というわけでポスターは派手になりそうだ。
11月5日(水)
▼ なんだか色々と雑務をこなしていたら午前が終わってしまった。まあ、こんな日もあるさ。
▼ 午後はTY君の論文。ひと通り直しが終わる。でも、ここからが正念場だ。
▼ 夜はポスターの切り張り。台紙が足りないことに気づく。続きは明日か。
▼ 週間予報では土曜日の朝は零下3℃まで下がるらしい。今日までの20℃を超える日々はなんだったのか。
▼ 昨日Carlosは誕生日だったが、彼女のYvetteは今月24日が誕生日だそう。誕生日プレゼントにコンサートのチケットを買ってあげたらしい。24日は内田光子によるベートーヴェンのピアノソナタ第30、31、32番である。内田光子といえば人気&実力ともに間違いなくトップレベルにある世界的ピアニストだ。私がいつもお世話になっている「当日学生券」などあるはずがない。先シーズンは一ヶ月前に最後のチケットがなんとか手に入って、最上階の最後列の一番端っこで辛うじて聴くことができた。もちろん演奏はとても良かった。だから、今年のコンサートは6月から早々にチケットを押さえてある。というわけで、一緒にYvetteの誕生日を祝うことになった。
▼ JN。ちょうど昨日、坂口先生から紹介いただいた論文だ。ラットのUnit記録。前頭前野の神経が海馬と扁桃体(BLA)から同時に投射を受けていて、その入力タイミングに応じてspike
readoutが変調するというもの(同時なら相互に促進、40 ms以内なら後発を抑制)。この論文はLarocheらが展開している研究と深く絡んでくるだろう。こういう実験ならば技術的な難易度は決して高くないし(でも脳科学的に意味のあるデータが出せる重要な系なので)、ぜひNK君にもチャレンジしてほしい。
▼ JN。ラット皮質第五層錐体細胞。皮質内II/III層求心線維シナプスはNR2Bを多く含み、脳梁からくる軸索シナプスにはNR2Aが多いという内容。これって伊藤先生の論文の焼き直し? でも引用してないな。こうした分布差の機能的意味を探るための実験を行っているのには好感が持てる。ところで、この論文、ちゃんと脳梁求心線維を刺激できているのだろうか。
▼ NRN。先日、「入力特異性を欠くnon-Hebbian可塑性がいまの流行りみたいだ」ということを書いたが、Lindenがそれに関する総説を出した。内容は私が日記で指摘した視点とは違うが、このレビューはMTさんの実験だけでなく、TY君のテーマにも重要そうな気配。藤沢くんのテーマもこうした広域的な可塑性を組み込んでいくと面白く展開できるかもしれない。
▼ NRN。PerspectiveはLTPについて。タイトルはおやじギャグで寒い。ついでにこれもおまけ。LTPの研究を始めたばかりの学生さんは概観をつかむために読んだほうがいいが、そうでない人はスキップ。
▼ NRN。軸索誘導の総説。非脊椎動物に焦点を絞っている。まだ未読だが、ぱっと見では良くまとまっていそうな雰囲気だ。
▼ NRCB。シナプトジェネシスの総説。これも未読。
11月6日(木)
▼ 今日もまた午前は雑務に果てる。
▼ 昼は作りかけのポスターを完成させる。
▼ 午後は実験。in vivo imaging。オペをするときには初めにマウスの頭毛をカミソリで剃るのだが、今日、Brendonは新兵器を持ってきた。「Hair
Remover」と書かれた容器。そう、女性が足などの脱毛に使うアレだ。薬局かどこかで仕入れてきたらしい。レジで恥ずかしくなかったのかな。 んで、これがまた信じられないほどの効き目。マウスの頭に塗って待つこと5分。除毛クリームをふき取ると、てっぺんハゲのできあがり。
▼ 夜はメトロポリタン歌劇場。演目はアレヴィ作曲の「ユダヤの女」。実は初めて聴くオペラ。というか最近まで存在すら知らなかった。主役の4人がテノール二人&ソプラノ二人という変則的な編成。高音を多用した旋律は、ストーリーの内容がシリアスにもかかわらず、どこか優雅さを感じさせる。エレアザールを歌ったニール・シコフ(Neil
Shicoff)のソフトな美声と迫真の演技が特に素晴らしかった。
▼ Nature。Konnerthラボから。ラット海馬アストロサイト。BDNFがTruncated TrkB(1型)を介して細胞内ストアからカルシウムを動因するという話。もちろんこの作用はK252aで切れない。これでNatureに載ってしまうのはKonnerthの力か。でも、重要な論文であることには変わりない。今後はTruncated
TrkBを神経細胞に適用した論文は通りにくくなるかもしれないな。
▼ Science。ヘパラン硫酸が脳の発達に重要であることをEXT1(Heparan sulfate-polymerizing
enzyme)のノックアウトマウスで示した論文。データはphenomenologyのみだが念のため記載。
11月7日(金)
▼ 午前は北米神経科学会(Society For Neuroscience, SFN)の演題チェック。TY君の再推敲。だいぶ出来てきた。
▼ 昼は旅行代理店STAで年末休暇の案を練る。アメリカでは正月休みというシステムはないので元日にはラボに帰って来ないといけない。Journal
Clubも1月2日にはスタートする
▼ 午後はSFN学会の荷造り。全6日間の予定なので国内にもかかわらずスーツケースで行くことにする。
▼ 荷造り後は再びTY君の論文推敲と編集者への手紙書き。RK君の論文もチェックする。
▼ シャガールのリトグラフ破損の件。責任の所在に関して運送会社同士がもめている。私としては、壊れてしまったものはもう仕方がないのだから、誰の責任でもよいので、一刻も早く返金してほしい。
▼ 就寝前にワインとチーズ。
▼ 明日から木曜まで学会だ。薬作の皆さんと会えるのが楽しみ。会期中はもしかしたら日記の更新ができないかもしれない。
11月8日(土) ニューオーリンズ
▼ 朝の便でNYを発ち、昼前にはニューオーリンズに到着!という予定だったが、フライトがオーバーブッキング。仕方なく別便でNYを出て、さらに飛行機を乗り継ぐ。ニューオーリンズから150kmほど離れたバトン・ルージュという街に降り立ち、タクシーで2時間かけて、ようやく目的地にたどり着いた。20万人近くが参加する学会だから、飛行機が満席になるのは、まあ仕方あるまい。タクシーの中から美しい皆既月食が見られたので、それはそれで良かった。
▼ 夕食はウィンザー・コート・ホテル(Windsor Court Hotel)の2階にある「ザ・ニュー・オーリンズ・グリル(The
New Orleans Grill)」というレストランで。その後、小一時間ほどバーボン通りを散策して就寝。長い一日だった。
11月9日(日) ニューオーリンズ
▼ ホテル室内からネットに繋げられることが判明。というわけ日記の更新。
▼ 去年はビザ申請の関係で参加できなかったが、やはりSFN学会は圧倒だ。大規模になりすぎて、逆に、近年は大物の研究者が離れていく傾向すらあるという。Yusteだって今年は学会には参加していない。SFNはお祭りのようで好きでないという。わからなくもない。ダイヤモンドだけが欲しい人には向いていない学会だ。
▼ 昼は会場から近い「デルモニコ(Emeril's Delmonico)」というレストランで食事。ここは手放しで絶賛できるくらい本当に美味かった。たまたまだが、隣のテーブルではノーベル賞学者エリック・キャンデル(Eric
Kandel)氏が食事していた(私の人間違いでなければだが…)。
▼ 午後は奥田さんが私をマクゴー(McGaugh)教授に紹介してくれた。これは私にとって非常に嬉しいことだ。
▼ 夜は薬作OBとNK君と食事。
▼ ホテルに帰って仕事。
▼ 今日の演題から↓
▼ 123.5 Danラボ。皮質5層錐体細胞からpair recording。Spike-timing dependent
plasticity (STDP)のtime windowはapical dendriteのproximalでは対称だが、distalではLTD側に大きく偏っている。メカニズムを調べたところ、action
potentialのback propagationによりNMDA応答が遠位でのみ抑制されることが原因らしい。この抑制はBAPTA、nimodipine、cyclosporineで切れる。
▼ 256.3 Madisonラボ。CA3からのpair recording。LTDでNMDA受容体が減少するという衝撃的なデータを出した前報のfollow-upデータ。特筆すべきデータはポスト側のパッチ内液にGST-amphiSH4をloadしておくと、この現象が消失するという点。つまり現象はエンドサイトーシスを介している。またNMDA受容体が上昇するという相補的な現象を探したが未だ見つからないとう。不思議だ。。。
▼ 257.3 Nelsonラボ。4本ざしパッチを900枚ものvisual cortexスライスで敢行。ランダムに選ばれた4つのL5錐体細胞が特定のパターンで繋がっている確率を、ベイズ理論を使いながら「モティーフ」を見つけ出すという試み。前々から誰かがやるだろうと思っていたが、ホントに調べる人がいるとは。こういう試みは個人的に大好きである。
11月10日(月) ニューオーリンズ
▼ 毎度のことだが、SFNに参加すると、自分に焦りを感じる。世界の先端はこうも動いているのに、自分はなにをモタツいているのだろうと、なにかこう、ともかく、ヤル気がでる。一刻も早くラボに戻り実験をしたくなるのだ。学会はカンフル剤である。
▼ 昼休みはRK君・RXY君・NK君と4人で歯状回グループmeeting。5時からはNK君と投稿論文の相談。国際学会は日本に残してきた学生さん達と直接話ができる貴重な機会でもある。
▼ 今日もいくつか面白い話題があった↓
▼ 375.12 Turrigianoラボ。皮質培養神経でLTPを誘導。potentiateされたmEPSPを長時間観察。2時間以上経つとdecayが長くなる。これはNMDA成分によるもの。AMPA成分が増えることがLTPの正体ではあるが、それに遅れてNMDA受容体の量も増えるというわけだ。圧巻なのは、この現象によってNMDA/AMPA比がLTP前のレベル(20%程度)に戻るという事実。つまり、この比は長期スケールで一定に保たれる。ホメオスタシスだ。生物はなんて美しく創られているんだろう。この現象はGluR-CTのtransfectionで抑制されるが、LTP後のTTX&CNQX&AVP適用では切れない。つまり、NMDA受容体の増加は、AMPA受容体の増加が必須だが、活動非依存性である。NMDA受容体の増加がエキソサイトーシスによるのか側方拡散によるのかは不明とのこと。この現象はL5錐体細胞のpair
recordingでも再現できるというから(この場合はNMDA上昇は1時間以内に生じる)、昨日の256.3と深いところで関係ありそうだ。
▼ 377.5 Egorovラボ。entorhinal cortexのgraded activityの続報。前報のCChの作用はACPDやDHPGでも再現できる。これらの作用はCa
freeまたはflufenamicで切れる。TTX存在下で脱分極パルスをかけるとAHP様の現象が生じこれはNaカレントであった。もっとも驚くべき結果は、このNaカレントは2APBやMDL12,300で抑制される。しかも、嗅内野皮質のL5錐体細胞の樹状突起はTRP1抗体陽性だという。SOCか。
11月11日(火) ニューオーリンズ
▼ 学会。昼食は田村君を交えて薬作の学生と取る。「動くシナプスと神経シナプス」の表紙を描いたのは田村君らしい。
▼ 学会後はMKY先生と薬作の今後について話し合いながら、日本人Social Mixerへ。一度お会いしてみたかった中沢先生(MIT)、高橋先生(Cold
Spring Harbour)、宮川先生(京大)とお話できたのが嬉しい。とはいってもほとんど挨拶程度だったけど。
▼ PNAS。Sakmannラボ。この論文を見て、私の論文の審査員からSakmannを外すように、RafaがEditorに指示していた理由がわかった。in
vivoでパッチやtetrodeを電位感受性色素と組み合わせたドイツ軍団らしいテク系の論文だ。UP
stateではバレル刺激による応答が小さくなるという内容。私の考えていた結果とは逆だが、考察にもあるように、UP
stateではGABA系が亢進しているという可能性は十分あるし、また単にsynaptic
depressionで説明がついてしまうかもしれない。
▼ 今日の演題↓
▼ 676.10 落射を使っていること以外は、私の実験とほぼ同じ方法。P0のマウスの水平スライスでfluo-4蛍光をモニターしながら神経発火の美しいシンクロニゼーションを観察している。これはE18やP2では観察できない現象。もちろん、私のP14スライスで、こんな劇的な活動同期は見たことがない。
▼ 689.13 500マイクロメートル厚の脳水平スライスで電位感受性色素を使いながら、扁桃体から海馬への活動の伝播を見ている。200ミリ秒くらい掛かるが歯状回にも到達する。subiculumを通って入力しているように見える。室温なので伝播速度が遅い可能性があるとのこと。
11月12日(水) ニューオーリンズ
▼ 学会最終日。午後に私の発表。昼休みにポスターを貼っている最中から人が見に来てくれて、そのまま5時過ぎまでずっと持ち場を離れる隙がなかった。盛況なのはとっても嬉しいのだが、昼飯を食べるタイミングを逸したせいもあってか、終わったときには疲れ果てていた。
▼ 学会後はJAKさん&NK君の論文の相談。インパクトのある仕事になりそうな気配。
▼ 先日の日記の内容。今回の学会で沢山の日本人から『ホントに「Red」は「うぇ〜っ」と聞えるんですかっ!?』と訊かれた。情けない話だが、私の耳にはそう聞えてしまう。。。
▼ この前も街路を歩いていたら「べぁっだ〜っ」と叫んでいる人がいた。何だと思ったら、散歩中の飼い犬が言うことを聞かないので愛情を込めてこういっているのだった。「Bad
Dog」(ほんと悪い子ね)。このように子音が消えてしまうのはアメリカ英語(とくに都会地域)の特徴らしい。
▼ というより、この学会中に、こんなにも多くの脳関係者の方々が私の日記を読んでいることを知って驚いた。確かにカウンターを見ていると、トップページのアクセス数よりも、日記ページへ直接アクセスのある回数の方が断然に多い。もちろん誰が読んでいるのかは知る由もないのだが。
▼ JN。McCormickラボ。in vitro実験とはいえ、昨日のSackmanラボの報告とは少なくとも表面上は矛盾するデータ。UP
stateだとシナプス入力に対してspike reliability、precision、latency、すべての点で敏感になる。単なる勘だが、この論文は次にデカい論文を狙うための布石であるような気がする。
▼ JN。sensorimotor cortexのL5錐体細胞。intrinsic plasticityの論文。mGluR agonist
ACPDで膜興奮性が長期的に上昇する。もちろんES乖離を引き起こすし、それだけでなくdynamic-clampによるEPSP
barragesに対してスパイクタイミングの正確性が高まる。最後の二つの図はJ Neurosciに通すために行ったおまけ実験だろう。こういう論文を見るにつけ、SF君もwhite
noiseだけでなく、擬EPSC入カを使っても良いかもしれないなと思う。または、上のMcCormickの論文でもやっているようにin
vivoのイントラ記録からシナプス・ノイズのサンプルを拾っても良いかもしれない。
▼ JN。metalloproteinaseがlesionされたaxonの除外・代替に関与していることを示す論文。内容はともかく図3と4にdentate
gyrusでの細胞外記録トレースのcurrent source density解析のグラフがあるので念のため。
▼ JN。hydrogen peroxideとLTPについての報告。別に深い意味はないけれども、これも念のため。
▼ 自分の発表があって、今日はあまり演題のチェックできなかったけれども一つだけ↓
▼ 834.15 McCormickラボ。このグループがgraded persistent activityの存在を疑っていることは前々から知っていたが、なんと、その彼らがprefrontal
cortexでgraded様のactivityが実際に存在することを示している。ただし、データはEgorovのとは相当異なる。過分局パルスでもpersistent
activityのスイッチが入るし、脱分極でスイッチを切ることもできる。さらにongoing
acitivityがあるときには誘導できないなど色々と面白くなりそうなデータを(ただ雑然と)並べていた。
11月13日(木)
▼ NYに帰る。往路ではOverbookingに泣かされたので、国内線にもかかわらず今朝は早起きして2時間前にチェックイン。しかし!フライトが出ないとのアナウンスがあってショック。NY側の天候の問題だという。でも幸いなことに、一時間半遅れでニューオーリンズを後にすることができた。到着してみたら実際NYはかなりの強風だった。
▼ 空港での待ち時間とフライト中は、オーストリア政府から頼まれたgrant審査(一ヶ月前に依頼があったのにうっかり忘れていた)と、書きかけのTY君の論文に没頭。ずいぶんとはかどった。
▼ 帰宅したら坂口先生から自作CDがたくさん届いていた。
▼ ワニブックスからは「記憶力増強トレーニング」の献本も届いていた。この単行本には私はアドバイザーとして参加させていただき、後書きまで書かせていただいた。書いた文章は妻にeditしてもらったので、短いながらも良くまとまっていて個人的にはとても気に入っている。
▼ 夜はTY君の論文の図の直し。タイトルを練る。
▼ ウルフルズの「ええねん」のどんな曲なんだろう。
▼ Science。ヒトの外側前頭前野(Lateral Prefrontal Cortex)のfMRI。脳の情報処理がヒエラルキー化された機能モジュールで実行されているという彼らの仮説モデルが有効であることを、情報理論を巧みに使いながらエレガントに示している。結果として劇的に新しい発見があったというわけではないが、この論文が人間の意識構造のメカニズム解明に向けた重要な一歩であることは間違いない。前頭前野の他の部位とのコネクションもこのモデルに含まれてくるともっと面白くなってくるだろうなあ。
▼ Science。アスピリンを含む非ステロイド抗炎症薬(NSAID)がベータアミロイド蛋白(Aβ42)の蓄積を抑制し、アルツハイマー病の発症率を減少させることは有名な話だが、この効果がRhoの活性を抑制することに依存していることを示した論文(ただし厳密な証明ではない)。ちなみにγセクレターゼ活性はNSAIDで抑制されない。この論文のNSAIDのデータは表向きの宣伝効果は抜群だが、科学的に言えば「Rho-Rockシグナル系がAβのprocessingを調節している」ということを示したデータの方が価値があると思う。
▼ Neuron。Jesseの論文が表紙を飾っている。彼からは「11月30日号」に載ると聞いていたが、それは私の聞き違いで正しくは「13日号」、つまり今号だった。っていうか30日は日曜日だよな。
▼ Neuron。NR2BとRasGRF1は結合していて、NMDA受容体刺激がERKシグナルを走らせるという報告。とはいっても活性化にCa流入は必須なのであくまでシグナルのLocalizationに一役買っているという程度の意味であろう。いずれにしてもNR2AとBの差を考えるときに単にチャネルのKineticsだけを考えているだけでは不十分であることが明らかになった。
11月14日(金)
▼ 午前は溜まっていた雑務処理。午後は実験準備など。
▼ TY君の論文をSiegelbaumラボのCynthia Lang氏に送った。火曜日にコメントをくれるというので来週には投稿できるかな。
▼ 夕方はラボ会議。SFN学会で得た情報を皆でdiscussionだ。私も今日の議論用にいくつか面白そうな演題をピックアップしておいたのだが無駄だった。議論の主なテーマは「世界で何か新しい技術の進展はあったか?」ということだった。そうだった、このラボは生理学的な知見よりも、光工学的な新知見のほうがありがたがられるという事実を忘れていた。うっかり薬作のノリで準備を進めてしまって皆の役に立てなかった。
▼ 夜はカーネーギーホールへ。サイモン・ラトルが率いるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(BPO)。録音・実演を通じてラトルのBPOを聴くのは初めて。素人ながら私はラトルの才能を高く評価しているので、BPOの首席指揮者になると聞いたときは嬉しかった。今日の演目はシベリウスの交響曲7番、そしてシューベルトの9番「グレート」。ともに私の大好きなシンフォニーだ。
▼ ラトルはスコアを使わず暗譜で指揮。今晩はとくにシューベルトが良かったのだが、「グレート」という名からほど遠い(予想通りの)室内楽的な演奏だった。すでに過去にあの手この手で手垢にまみれたはずのシューベルトの総譜を、徹底的に洗いなおし、実に新鮮な演奏を聴かせてくれた。一楽章の展開部などは特に良い例だったが、「へ?こんな音がどこに隠れていたの?」という驚きの連続だった。とりわけ二楽章はこれまで幾多と聴いてきた同曲の演奏の中でもっとも美しく優しい演奏だった。私お気に入りの三楽章のトリオ部分も歌心に溢れていて感動的。四楽章も一音一音を丁寧に弾き込むあの集中力には本当に恐れ入った。
▼ にしてもあそこまで完璧なアンサンブルが生身の人間から生まれ得るというのは奇跡に近い。BPO恐るべし。ただし個人的には、聴いていて面白いのはやはり、より人間臭いウィーン・フィルハーモニーの方かな。
▼ JNP。CA3錐体細胞の静止膜電位変化をdevelopmentalに追跡している。シミュレーションを一部含んでいるとはいえ、単純なデータなのに論文自体は異様に気合が入っている。学生さんの学位論の転用だろうか。
▼ NB。うっかりしていた。今月号はoptical imagingの特集ではないか。second-harmonic
generationの話題もある。
11月15日(土)
▼ SF君とTY君が今日から三晩泊まりに来る。午前は二人を案内してメトロポリタン美術館へ。
▼ 夜は二人にYusteラボを案内する。簡単に実験の手順を見せる。Yusteラボの良いところはぜひ吸収していってもらいたいと思う。
▼ その後は自宅で飲み。薬作の話題で盛り上がる(?)。遅くなったのでうっかり日記のアップを忘れていた。
▼ JP。高橋ラボ。海馬苔状線維のsynaptic facilitationが発達(三週齢と九週齢の比較)にともなって減少するという報告。以前に学会発表で聞いたことがある内容だと思う。
11月16日(日)
▼ とくに何をしたというわけではなく一日が過ぎてしまった。
▼ RK君の苔状線維の論文がDevelopmental Biologyに受理された。3回に蹴られたのちの4誌目だ。改訂につぐ改訂で初期バージョンとはずいぶんと変わってしまった。いろいろなレフェリーの要望に応えながら改訂を繰り返すと、どうしても論旨の一貫性が失われてしまいがちだ。この最終稿もけっして「うまい文章で書けている」といえない。ただ、内容は十分に面白いと思う。実際、これ以下のレベルの論文でも
J Neurosciなどに平然と載っているのをみると、その意味でDevelopmental Biologyでないと受理されなかったのは私のアピール力が大幅に不足していたとしか言いようがない。
▼ ところで、この論文は、美しくスマートというよりも、時間のかかる実験を一つ一つ手間暇かけて積み重ねるという体力勝負タイプの研究だ。自分自身が体力のない人間だということもあって、体育会系論文は私の業績リストの中では珍しい。SMさんの論文以来かな。ともかく、この類の論文を真正面から書くこともできるRK君はいまの科学界では貴重な存在ではないかと思う。
▼ 昨日の昼は韓国料理。今日も中華で外食。いつも思うのだが、アメリカ人は皆、箸をうまく使う。日本のレストランや食堂などでは必ずといっていいほど箸の持ち方がおかしな日本人を見かけるが、そういう意味では(平均的に見れば)アメリカ人の方が箸の使い方が上手いといって良いかもしれない。大人になってから練習するほうが変な癖がつかないのかな。
▼ ところで昼はホウレン草ラーメンだったのだが、その上にブロッコリーのスライスが載っていた。じ〜っと眺めていたらふと小脳プルキンエ細胞を思い出してしまった。
▼ 夜は鍋パ−ティー。寒い夜には最高だ。
▼ リクルート創業者の江副浩正氏から献本が届いた。「かもめが翔んだ日」。彼の半生を自ら綴った回想録である。私は博士課程の学生のとき、リクルートスカラシップの第24回奨学生であった。江副さんにお会いする機会も何度かあったが、なんというか、きわめて等身大の方で、けっして世間で先行しているイメージのような方ではなかった。この本はまだ未読だが、ざーと目を通した感じからしても、おそらく本人の人柄が反映された、気取ったところのない内容になっているに違いない。少しずつ読んで行こう。
11月17日(月)
▼ MeetingはDmitryiの研究報告。生理学のラボは一例のデータでも延々と議論をする。今日もとても長かった。でも内容はたしかに面白くなりそうな気配だ。Neuronクラスかな。
▼ 昼はMalinow教授のTalk。初心者向けだったのかな。知っていることばかりだった。にしても彼の英語は聞き取りやすい。英語の勉強にはちょうど良い。
▼ Brain Res誌からまた審査依頼を受ける。今回は日本人の著者だ。微妙なデータだったが、重要な知見ではあるので一応acceptableとして早速Editorに返事をしておく。
▼ NM先生が蛋白質核酸酵素誌に海馬LTPについての総説を書かれたらしく、文章の最終チェックをさせていただいた。著者にはMTさんやNK君の名前も見える。
▼ ふと気づいたらHPのカウンターが15万を超えている。足がけ5年。開設当初から内容そのものは全く更新されていないのに嬉しいことだ。
▼ 夜はテレビで「アラビアのロレンス」をやっていた。やはりデヴィッド・リーンはいいなあ。作業しながら観る。うちのスクリーンが小さいのが、こういう映画を観るにはツラいところ。
▼ 黒川さんから祖父江さんのHP日記のURLを教えてもらった。よく見たら彼の日記って8年目?。さかのぼって書いているのかな。でも、すごすぎる。私のはまだ4ヶ月にも満たない。
▼ 坂口先生からメールがあり、先週届いたCDは先生の自作というわけでなく、中嶋昭文さんの作曲でした。AUBEという名で活躍中とのこと。脳波、水、蛍光灯、金属、石など世の中に存在するものをシンセで加工して作られたノイズ・サウンドである。こうした試みを聴いていると私も作曲本能が駆り立てられる。
▼ とりあえず、いまの実験で神経の自発発火をピアノ音に置き換えたものを作ったのだが、投稿中の論文がもしScienceに通ったらSupplemental
dataとして公開しようとRafaがはしゃいでいる。近いうちにこの日記でも一部を公開しようかと思う。
11月18日(火)
▼ 朝、SF君とTY君たちが日本に帰っていった。何もモテナしてあげられなかったけど、NYを十分に堪能していってくれたようだ。
▼ 今日は実験が入っていたが、急遽Silaに譲り、私はMonte Carloシミュレーションのプログラムを書く。夕方4時くらいにはバグもとれて完成。PCで夜通し計算させるようにし向け、私は早々に帰宅。結果は明日わかる。
▼ 大学ではクリスマスイルミネーションの準備をしている。思えば昨年はじめてコロンビア大学に来たその当日に、当時はまだ同じラボにいた田代さんから「毎年、この時期にはこうやって構内の街路樹が電飾されるんだ」と聞いた。今年もその時期になった。
▼ つまり、あの日から一年が経とうとしている。今でこそ、こうやってNY生活を謳歌し(すぎ?)ている私だが、あのころは本当に不安で切ない毎日を送っていた。英語の壁も原因の一つだが、それ以上に「文化の差」にショックを受けたのだ。学会や観光で毎年のようにアメリカには来ていたが、やはり「一時滞在」と「実生活」とではまったく違う。日本の常識が通じないというのは、私には初めての経験だった。『海外で生活し始めた人は当初「人生最大の挫折」を感じる』と人から聞いたことがあるが、それまで過保護なくらい生活に刺激のなかった日本人・私にとって、その言葉はけっして大げさではなかった。
▼ 私にも意地があったから情けない泣きごとは他人には垂れなかった(はずだ)が、あのほとんど泣き出したいほど苦闘の日々は、今思い返しても切ない気分になる。そんな心細い時期を支えてくれたのは、もちろん、当初日本に残してきた妻による遠方から励まし、それからYusteラボで研究ができるという喜びと期待だった。そんな私もいまや麻痺してしまったのか、異国生活をこれでもかと楽しんでいるから不思議だ。クリスマス電飾が始まりつつある大学構内を眺めて、ふと、感慨深くなった。
▼ ちなみに私のアパートでは今日からサンクスギビング・デー(Thanksgiving
Day 感謝祭)の装飾がなされていた。アメリカでもっとも重要な休日の一つ。日本で言うゴールデンウィークみたいなものかな。
▼ 先週末、私のHPのリンクページに検索コーナーを入れた。個人的にはこれでカナリ便利になった。
▼ JCR。先日、最新版(2002年)が発表された。私に必要な分野だけをまとめたが、類似分野内で雑誌が乱立したせいかImpact factorに意外な変動がある。
11月19日(水)
▼ 朝、PCが無事計算を終えていた。完全にではないが、まあまあ、予想通りの結果が出ていた。そのデータ整理で一日が終わる。
▼ 妻がまたホモの友達を作ってきた。楽しい。私が同性愛と聞いていつも思い出すのは、この論文だ。誤解を恐れずに解釈すれば「同性愛は指の長さにあらわれる」という内容である。簡単に説明するとこうだ。
▼ 右手の人差し指と薬指をよーく見て欲しい。私の手は、薬指よりも人差し指の方が1センチほど短い。これは男性ならでは特徴だ。女性はこの2本の指の長さにあまり差はない。ちなみに妻の手は人差し指のほうがむしろ長いくらいだ。
▼ ところが、論文によると、同性愛の女性の手では、指の比が男性に近いというのだ。一方、同性愛の男性にはこうした変化は現れない。理由は不明だが、胎内で曝露された男性ホルモン(←アポトシースを誘導する)の量のせいだろうと考察される。しかし、だとしたら、左手には変化が現れないというのは謎である。いずれにしても、「初対面では相手の指をさりげなくチェック」、これが人生のポイントだ。。。?
▼ ところで、この論文の著者はSM Breedloveという脳科学者。この名前、直訳すれば「SMよ、愛を育め」。うむ、本名だろうか。
▼ 夜は妻の友人夫婦と4人で「酒蔵」という居酒屋に行く。っていうか、下手な日本の居酒屋よりも美味しい。久々にヒット。最後のデザートもこれまた旨かった。
▼ 今日は新聞もテレビも、マイケル・ジャクソン一色だった。
▼ JN。興奮性と抑制性を含むネットワークモデルで、特定の周波数(ガンマなど)のオシレーションを引き起こすためには、IPSPの大きさやdecayよりも、onset
timingがむしろ重要であるとする論文。最近、私自身が自発発火の実験をするなかで思うのだが、ここまで神経活動がシンクロした状態は、実際の脳では単なるてんかん状態にすぎない気がするのだが。
▼ JN。海馬スライス培養でSynaptogreen C4(FM1-43のこと)を用いてGABA神経終末を染めている。この方法&確認で完全にすべてがGABergicかと言い切るのは難しいが、(予想されるように)薬物の作用などにHeterogenietyがあっていい感じだ。今後の展開が楽しみである。
11月20日(木)
▼ 午前は文献集めなど。午後はCindyのコメントをもとにTY君の論文の改訂。今週末には投稿しよう。その後はRK君の論文のFigure作成に取りかかる。これも気合いを入れないといけない論文だ。図はもともと良く描けているので夜半過ぎにはほぼ作業が終わる。
▼ 帰宅途中、コロンビア大学の学生と思われる女性が道路で倒れていた。まったく動か(け?)ない。近くに停止していた車のフロントガラスがひどく割れていた。
▼ 先日投稿した私の論文がアブスト審査を経てreviewerに回った。あまりに返事が遅いので、もうとっくに回っているものだと思いこんでいた。とりあえず第一難関を突破だ。
▼ 母校の藤枝東高校がサッカー高校選手権の全国大会に出ることが決まったらしい。たまたま同窓生だった薬作の後輩と、7年前に国立競技場に応援に行ったのが懐かしい。ちなみに、私が応援に行った試合で母校が勝ったことは一度もない。今年は私は応援に行けないので優勝かな。
▼ Nature。Lindenラボから。先週AOPで読んでいて密かに感激した論文。mGluR1刺激が引き起こすゆっくりとしたEPSPの正体はTRPC1によるcation流入であるという内容。SFNで見かけた報告とも関連しそうだし、薬作のいくつかのプロジェクトにも応用できそうだ。
▼ Science。Greengardラボ。覚醒剤やLSD、PCPなど幻覚や精神症状を引き起こす薬物が、トリガーとなるシグナルは違うものの、いずれもDARPP-32(やCREBやGSK-3β)の特定残基のリン酸化・脱リン酸化を介していることを、mutantマウスなどを使いながら示した論文。同一シグナルを介しているとはもちろん言えるけれど、でも、作用する脳部位をもっと細かく分けて考えなくていいのかな。
▼ Science。岡村均先生のラボから。mPer1遺伝子のプロモーターにluciferase遺伝子を組み込んだマウスから視交差上核スライス培養を調製し、数百の神経細胞からリアルタイムで日周リズムでシンクロした蛍光変動を追った論文。面白い。
▼ CON。homeostatic plasticityの総説。Murthy自身の研究を宣伝しながらも、全体として満遍なくまとまっている。
▼ CON。短GFP研究の最近の動向と警告などの総説。短いながらも宮脇先生らしくポイントはしっかりおさえている。
▼ CON。著者がGW DavisなのでDrosophilaの話題が中心だが、テクニックの話として個人的には興味がある。そういう意味ではこちらの総説も読んでおかねば。virusを使った回路probingの話題である。
11月21日(金)
▼ 抜けるような快晴。気温も寒すぎない。
▼ Jesseの博論審査が来月1日にある。午前は彼の発表練習だった。そのイントロで「樹状突起は世の中でもっとも美しい構築物である」という説明にクレームがついた。Jasonに言わせれば「女性が一番!」なのだそうだ。でも、Jesse曰く「女性は構築物ではない」と。それがどう博士号の取得に重要なのかは今ひとつ不明だが、なんだか楽しい。
▼ 学位論文審査会のことを英語では「thesis defence」という。defenceとは「弁護」とか「言い訳」という意味もある。なんとも微妙な言葉だ。
つまり、アメリカでは学位の取得とは審査員との「格闘」であって、『学位』は「勝ち取る戦利品」なのだ。日本のように「努力賞としていただくご褒美」でないようだ。
▼ 午後はデータ整理。新しい(ちょっとマニアックな)データの整理方法を思いついたのだが、図示法と検定法を探らないといけない。
▼ 夜はメトへ。リヒャルト・シュトラウス作曲の「影のない女」は初めて聴くオペラ。同作曲家の「薔薇の騎士」が「フィガロの結婚」の現代版だとしたら、こちらは「魔笛」の現代版ともいえる内容だ。
▼ 今日は曲、演奏、歌、演出すべて良かった。演出は実験的なのだけどその一方で保守的でもある不思議な感覚。斬新な光の使い方が印象的だった。歌手は第1幕でデボラ・ヴォイクト(Deborah
Voigt)がちょっと調子が乗らなかったのを除けば、ジョン・ホートン・マレイ(John
Horton Murray)、ヴォルフガング・ブレンデル(Wolfgang Brendel)、デボラ・ポラスキ(Deborah
Polaski)など皆、最高の歌を聴かせてくれた。とりわけ、乳母を歌ったジュリア・ジュオン(Julia
Juon)の安定感のある歌唱が素晴らしい。それにR.シュトラウスの音楽は相変わらず天才的だ。満足な夜になった。
▼ 帰宅後はTY君の論文。
▼ NN。doublecortinのsiRNAをin utero electroporation(子宮内電気穿孔法)で導入し、皮質神経細胞のmigrationに異常が生じることを示した論文。なかなかデータが綺麗だ。表紙にもなっている。
▼ NN。成長円錐の中にvesicleが含まれていて、それは微小管依存性にダイナミックに移動している。この小胞はfilopodiaでplasma
membraneと融合する。現象論の論文。
▼ NN。麻酔下ネコの視覚野インターニューロンからパッチ。その方位選択性と形態を記述。この論文だけでは、なんとなく釈然としないが、モデル屋さんとかがうまく解釈してくれると面白いと思う。
11月22日(土)
▼ 早起き。今日も素晴らしい天気。でも、部屋から一歩も出ずに、ひたすら論文書き。
▼ 午前はTY君の論文と仕上げて、ようやくScience誌にOnline投稿。運は天任せ。とりあえず、TY君には一週間後までに、つぎの雑誌スタイルへの準備を示唆。にしても書き始めてから投稿までに1ヶ月以上も掛かかるとは、かつての自分では考えられない遅さだ。
▼ 昼。水の分量を間違えた。ジャーを開けたらお粥ができていた。こんなミスをしているようでは実験もダメダメだよなあ。合わせた餃子もなぜか柔らかかったし。。。ショック
▼ 午後はRK君の論文。私は論文をFigure Legendから書き始める癖がある。とりあえずLegendは書き上がる。
▼ 一日中、ワーグナー作曲の『ニーベルンゲンの指輪』(通称「リング」)のCDを聴きながら仕事。全CD15枚。もちろん時間的に最後まで聴くことができなかったが、ジークフリートまではなんとか聴き通す。リングは他にも全集を持っているが、今日のはショルティー指揮による有名な録音だ。高校時代に貯めた小遣いで少しずつ買ったもの。ある意味で宝物だな。にしても、ワーグナーの技量は人間の限界を超えている。彼は超人的だ。来年、リング全曲をメトロポリタン歌劇場で聴けるチャンスがある。ドミンゴが歌うらしい。是非ともチャレンジしたい。
▼ 妻が「ペトロシアン(Petrossian Paris)」とかいう店で`生サーモンを買ってきたので、夜はひさびさに白ワインとチーズを合わせる。個人的には普通にスパー「ゼイバーズ(Zabar's)」とかで買えるサーモンの方が好きだったり。妻も同意見らしい。
11月23日(日)
▼ ハリソンにお住まいの妻の友人ご夫婦が運転する車に乗って、ロング・アイランド(Long
Island)までワイナリー巡りに行く。ここには20〜30のワイナリーが集まっている。暖かなでのんびりした天気。ピンダー・ヴィンヤーズ(Pindar Vineyards)、レンズ・ワイナリー(Lenz Winery)、ペレグリニ・ヴィンヤーズ(Pellegrini Vineyards)の3つを訪問。いずれも小ぎれいでお洒落なワイナーだった。フランスなどとは違って、葡萄の木の枝が平面的だったことに驚いた。こんな感じ。
▼ 帰りにはご夫婦の計らいで「ウォールマート(Wall Mart)」で買い物をさせて頂いた。普段なかなか買えなかった家庭用品を持ちきれないほどの購入。嬉しい。ご夫婦はお二人はとても楽しい方だし、2歳4ヶ月になるお子様もとても可愛かった。満悦の一日。
▼ 夕食はSF君とTY君からいただいた漬け物セットを食べる。美味い! なんども言っちゃうけど、やっぱり「日本万歳」。
▼ 湯舟に入りながら英会話の教材を読む。それで発見した。先日のカーネギーホールでの話である。
▼ この日は運が良く「First Tier」という席でオーケストラ演奏を聴くことができた。これはホールで一番良い席になる。周囲の人はとびっきりのおメカシをしていてオ気品がよろしい感じ。ヨレヨレ背広の私はかなり場違いな人間である。
▼ さて、演奏が始まる直前。隣の席の貴婦人が落ち着かないそぶりで周囲をキョロキョロ見回している。「きっと通路に出たいんだろうな。だったら席をどいてあげなければ」 そう察した私は彼女に訊いてみた。「じゅわなげらうっ?」。。。そしたら彼女はギョっとした目で私を見た。そして「NO」と優しく返事をしてくれた。しかし、ギョッとしたのは彼女だけではなかった。前後左右の人々も振り返って私をチラりと眺めた。どうした。何が起こったというのだ。。。
▼ 謎が解けた。英会話教材によれば「じゅわなげらうっ(Do you want to get
out)?」はとてもクダけた表現なのだ。日本語で言えば「お前、出てえのか?」に相当する感じ。あの瞬間の人々の反応と凍った空気。ごもっともである。
▼ 夜はRK君の論文書き。
11月24日(月)
▼ 午前はポスドク候補のTalk。海馬の電気生理。もちろん英語のTalkなので、いつものようにボーっと考え事などしながら聴いていたら、Rafaから突然「ガヤ、この研究に何かコメントはあるか」と聞かれて驚いた。得意な分野だったので受け答えには問題はなかったが、予期していなくて、ひどくビビった。実験はCSD解析を上手く使っていて、in
vivo電気生理につきまとう制約を巧み克服していた。興味深い。
▼ 午後はデータ整理。
▼ 夜はカーネギーホール。内田光子のピアノ・ソロによるベートーヴェンの30〜32番。つまりベートーヴェンが最後に作曲した3曲のピアノ・ソナタである。クラシック音楽ファンには抜群の人気を誇る傑作中の傑作だ。しかも、演奏者が内田光子とくれば、カーネギーホールの盛り上がりぶりは半端ではない。
▼ 30番は調子が乗り切れていない感じだったが(演奏途中に誰かの携帯が鳴ったのが原因だと思う)、31番、32番になると次第にエンジンがかかり、彼女ならではの懐の深い音楽が鳴り響くようになった。暖かく、優しく、ときに峻厳な調べ。そして、32番の2楽章に至っては、もはや世俗を超越したかのような、奇跡的な美しさだった。さすがとしか言いようがない。。
▼ 先日、「樹状突起の形は世界一美しい」とJesseが言っていたと書いた。それを読んだ日記の読者から「同じことを言っている人は他にもいるぞ」との反応をもらう。それは池谷裕二らしい。彼の『海馬』という著書を見ると、P124に「(この形は)見ているだけでホレボレするぐらいですよ。一日中見ていても飽きない。いやぁ、キレイですよ」とたしかに書かれている。自分の話したこと、人から聞いたことを、すぐに忘れてしまうのは私の特技だ。
▼ ところで樹状突起の「分枝」のパターンは、たとえば木の枝、雷光の分割、河川の合流・分岐などなど、自然界でしばしば観察される形態に類似している。おそらく共通の機構(自己組織化?)が根底にあるのだろうが、樹状突起の分岐をこうした視点からまともに研究している人は少ない。かつて樹状突起の数理的形状についてvan PeltがNetwork誌で特集を組んでいたが、これを見てもわかるように、同分野はまだまだ発展途上である。個人的には数学や統計論に強い人と一緒にぜひ研究してみたい。だれかいないかな。
11月25日(火)
▼ 急に寒くなった。予報よりも低くて最高が6℃だった。これからの季節はもっと冷え込む。覚悟しておかないと。
▼ 午前は実験。SFN以来だ。
▼ 実験はちょこちょことした待ち時間が多い。10分待ちとか15分待ちとか。そんなときは実験室のPCで論文をよんだり、インターネットで遊んだりしている。今日はめずらしく日本の動向が気になり、Amazonでどんな本が今ベストセラーになっているのかをチェックした。それで驚き。
▼ 上位ランキングに英単語の本(1位)やフィギュアの本(?)(3位)やコンピュータの本(14位)やネットの本(25位)が並んでいる。表紙だけを見て、はじめはホームページを間違えてしまったのかと勘違いした。それに、そもそもラボで閲覧している手前、周囲の人に誤解されはしまいかとかなり焦った。いや、別に良いのだが。。。かつては限られた人々のためにあった「趣味」が、今の日本では市民権を得て大流行しているということだろうか。うーん、不思議だ。どなたか真実を教えて下さい。
▼ 最近整理したデータをRafaに見せる。ちょっとマニアックだとは思ったが、Rafaは「これは面白い」と褒めてくれた。今後、この方向で展開していこうということで合意。network
ocsillationやsynchronizationに関する従来の概念を覆すような深い洞察を与えることは間違いない。。。...? と私(とRafaだけ)は信じている。
▼ 午後は諸々のことをしていたらあっという間に過ぎてしまった。
▼ 夕方からはRK君の論文。
▼ Rafaから「COSYNEで発表しないか?」と打診を受けた。これはむろん素晴らしい機会である。招待講演をちらりと見ただけでも、これでもかとスゴいメンツの勢揃い。しかし!
私には日本語でも辛うじて理解できるかできないかの研究界。今回はさすがに断った。うーん、でも惜しいなあ。
▼ Cell。コロンビア大学の名コンビによる論文。HCN1(hyperpolarization-activated,
cyclic nucleotide-regulated nonselective cation chanel)は小脳プルキンエ細胞などに特異的に発現している。HCN1をノックアウトマウスを2種作成し、プルキンエ細胞のIhが消失すること、それによって入力・出力相関が不安定になることを証明している。HCN1欠失による他チャネルの補償が生じていないことを暗黙に仮定したら、図7はとりわけ面白い。さらに、HCN1(-/-)マウスはvisible水迷路試験やrotarod学習はできない(いわゆる”運動オンチ”だ)が、瞬目反射条件付けに影響はないことも示している。
▼ PNAS。遅延相のLTPに、NMDA受容体 → IP3 → mammalian target of rapamycin (mTOR)
kinase → p70 S6 kinase (p70S6K)のカスケードによる樹状突起局所的な蛋白合成が必須であることを示唆する論文。やっぱり出たかあという感じ。つまり、いつか誰かはやるだろう、それに、やれば論文になるだろう、というタイプの研究。でも、重要な論文であることには違いない。
▼ PNAS。老ラットには空間学習能力が低下する個体としない個体がある。学習能が低下したラットでは歯状回の顆粒細胞の増殖能も劣っていたという話。もちろんこれだけでは因果関係は不明。
▼ PNAS。SFNで見かけたデータ。アデノシン1受容体を阻害すると海馬mossy fiberのfrequency
facilitationやlong-term potentiationが生じにくくなるという話。シナプス伝達が飽和しているだけという可能性を無視している。学界で権力を握ると、こんな低レベルの実験でもトップ雑誌に掲載され、科学的真実をねじ曲げることさえできるというよい例。
11月26日(水)
▼ ちょっとデータ整理をし、あとは文献集めに午前を費やす。今はもはや古典とも呼べる90年代の「神経スパイク情報処理」に関連した幾多の論文を、図書室にこもって集めまくる。
▼ JN。Rafaの影響もあってか、私の個人的な好みからいえば、論文のタイトルは短い方が歯切れが良くて好きである。その意味で、この論文は究極だ。たった三つの単語で必要なことをきちんと言っているからスゴイ。tyrosine hydroxylase欠失マウスの続報。甘いものが好きになるだけだったらドーパミン(dopamine)は要りませんよ、という内容。
▼ JN。軟体動物・北洋海牛(Tritonia diomedea)という動物を使っている。セロトニン性神経であるdorsal swim interneuronsの、感覚神経からcentral
pattern generatorへの入力系に対する影響が、入力タイミングに応じて二相性であるという話。図がいっぱいあるけど重要なのはFig
1とFig 11だけかな。
▼ JN。APP mutantマウスにアミロイドβ抗体の単回投与すると、四日目にして早くも老人斑中のアミロイド含量が減るという驚くべきデータ。
▼ JNとJN。ヒト脳波の研究(それぞれ学習と睡眠)が二つ。。。飛行機に乗り遅れそうなので詳細は省略。
▼ これから週末にかけてしばらくNYを離れる。つぎの日記更新は月曜の予定。
11月27日(木)ロンドン
▼ 午前、ロンドン到着。
▼ ホテルにチェックイン後、徒歩で大英博物館へ。パルテノン神殿の彫刻コレクションを見る。昨年アテネでみた神殿がモヌケのカラだったので、それ以来ずっとこのコレクションを見るのが念願だった。あと、語学に苦労している今の私にはロゼッタ・ストーンは後光が陽して見えた。
▼ オックスフォード通り、リージェント通りを散歩しながら、ブラウンズ・ホテルで友人とアフタヌーンティー。
▼ 夜はロイヤルオペラハウスでバレエを観る。昨年、ニューヨーク・シティー・バレエで振り付けされたというヒンデミットの「4つの気質」が良かった。
▼ アメリカと同じ英語を話す国。まあ、なんとかなるだろうと思っていたが、空港で地下鉄に乗りたくて「Elevator」を探していたら「Lift」と表現されていて、いきなり戸惑う。しかも米語の地下鉄「Metro」は英語では「Underground」。よくやく目的地にたどり着き、地下からの出口「Exit」を探す。「Way
out」と書かれた通路がそれだった。うむ。。。
▼ でも、ロンドンの人はニューヨークにくらべ発音がゆっくりで、ヒヤリングが苦手な私には助かった。
11月28日(金)ロンドン
▼ タワー・ブリッジ、ロンドン塔、セント・ポール大聖堂などを散歩しながらテート・モダンへ。
▼ 午後はナショナル・ギャラリー。実物で見るファン・エイク画の「アルノルフィニ夫妻の結婚」はやはりスゴい。ちょっと買い物して、夕食はインド料理。
▼ ロンドンの物価は高い。物によっては東京よりも高いかもしれないと感じた。地下鉄は初乗り300円だし、観光地の入場料も、教会などの安い場所でさえ入場料1200円だ。一方、芸術・学術系は安い。これは素晴らしい習慣だと思う。映画は800円だし、博物館や美術館などは無料だ。エジプトのミイラや、ダ・ヴィンチ、ゴッホにタダで出会えるなんてロンドン子は幸せだ。
11月29日(土)ロンドン
▼ グリーン・パーク、バッキンガム宮殿を散歩しながら、ウェストミンスター大聖堂へ。テイト・ブリテン。ターナーは水彩画もスゴい。
▼ テムズ川沿いを国会議事堂・ビッグベンまで散歩し、ウェストミンスター寺院を見学。ミラノ大聖堂とはまた違った繊細なゴシック様式の美に感嘆。ケンジントン・ガーデン、ケンジントン宮殿の周辺を散歩しながら、オランジェリー・ティールームで休憩。ナイツ・ブリッジで買い物。ハロッズなど。夕食はコヴェント・ガーデン付近の「ポーターズ」というイギリス料理レストランで友人と食事。
▼ 午前は雨だった。この時期のロンドンは雨が多いとは聞いていたが、さすがに降られるとかなり寒かった。それにNYとは違って太陽の高さが低い。真昼でも夕方のような感じである。ロンドンは樺太と同じ緯度。一方のNYは岩手県くらいだ。当たり前といえば当たり前か。でも、気温はロンドンとNYはほぼ同じかな。
11月30日(日)
▼ 朝から空港に向かう。夕方にはニューヨークの自宅に到着。
▼ 夕食はSF君&TY君からもらった「アワビ飯」と、MKY先生からいただいた「浅蜊スープ」。うーん、ウマい。
▼ イギリスでは独特の英語文化に出会った。たとえば言葉の頭に「ロイヤル」とか「インペリアル」とか「クイーン」などという冠をつけて威厳を表す。こうした表現はアメリカではもちろん見かけない。あえて言えば、アメリカでは「コンチネンタル」とか「プレジデント」などがそれに相当するのかな。あと、米プロ野球リーグの決勝戦を「ワールドシリーズ」と呼んでしまうような感覚はアメリカ独特の表現だと思う。良いか悪いかは別として、こんなところにも英米の違いを感じた。ちなみに、アメリカでは「continental」は「カーニネーロウ」と発音する。知ってないと聴き取れない。
▼ 今回、Gilles Laurentの論文を15報くらいコピーして携帯。旅行中にすべて読んだ。彼の発想は面白い。SF君やMTさんの今後の研究の展開で、内因性の局所脳波(2-100
Hz band pass?)と自発スパイク位相を測れたら面白いのだが。これに、UP stateとplastic
self-organizationを絡めていけば、それなりに大きな仕事になりそうだと思う。
▼ JP。海馬スライス培養。BDNFはCA1錐体細胞のスパインを増やすが、これはtetrodotoxinで切れない。つまり自発発火には依存していない。でも、botulinum
neurotoxin Cでminiature activityをblockするとBDNFの効果がフルに発揮されないという。示唆に富んだデータだ。
(2003年)