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2003年12月1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31日
12月1日(月)
▼ 朝はCarlosの研究報告。最近、Svobodaのラボに行っていると思ったら、なんと、in
utero eletroporationをやっていたらしい。しかも、斎藤哲一郎先生の方法をそのまま使っていた。んで、早くも導入に成功している。
▼ 午前はJesseの学位論文審査会。いわゆる博士発表。アメリカのは初めて見る。全般的にアメリカ人ってプレゼンが上手いんだよなあ。思わず感心。普段は和気藹々でも決めるときは決めるのもカッコいい。
▼ 午後はvivo実験をしようと思ったのだが、二光子顕微鏡の掃除が入った。
▼ 夜はRK君の論文に手を付ける。
▼ RK君から「ロンドンとニューヨークはどちらが好きか」と質問。答えは明瞭。ニューヨークである。ニューヨークもひどいが、ロンドンのレストランはもっと日本人の口に合わない。でも、フィッシュアンドチップスは意外にイケてたし、スコーン嫌いな私もクロテッド・クリーム&イチゴ・ジャムを付けて食べたらこれがまた美味しかった。でもやっぱし、NYのほうが全般として好きだな。
▼ 私は陰口とか悪口とかはあまり好きでない。「では、お前は悪口を言ったことがないか」と問われれば、もちろん「何度もアル」には違いないが、まあ、いずれにしても、そういう足を引っ張るようなことを言ったり聞いたりするのは、そんなに好きではない。
▼ しかし、先週、京大・先端医の宮川剛助教授(←私と同い年くらい?)が神経科学ニュースで書かれていた留学体験記を読んでいて、ハっとさせられた。そこには、アメリカと日本の研究体制を比較して、それぞれの良い点・悪い点が挙げられていた。宮川先生によれば、アメリカの‘悪い’ところは、人の悪口を「言わない」ことだという。え?なぜ?と一瞬、不思議に思ったが、つまりこういうことである。
▼ アメリカ人の性格は「ポジティブ」である。実際、私の目から見ても、彼らはアホなくらい楽天的だ。私はこれを好意的に捉えていたが、宮川先生によれば、これがイケないらしい。つまり(日本と逆で)、良い噂はすぐに広まるが、悪い噂はあまり広がらないというのだ。悪い噂が広まらなければ、「悪いことがまかり通ってしまう」というわけである。これはアメリカの一部のラボでデータ捏造が平然と行われている(らしい)原因かもしれない。なるほど、悪口・陰口にも一理ありといった感じだ。実際、この意見は、「2ちゃんねる」などの独特な文化が「日本で流行する理由」、そして「それが存在する意義」について、私が考えていたこととほぼ同じである。結局は何事もexcitatoryとinhibitoryのバランスが重要なのだ。
▼ NRN。軸索誘導と細胞内骨格を結ぶシグナル伝達系に関する総説。
▼ NRN。今年はヘブ(Donald Hebb)の生誕100周年。というわけで今号のPerspectivesは彼の生涯と業績について。
12月2日(火)
▼ 今朝、大学構内のあちこちに「防凍粉」がまかれていた。そういえば今日は最低気温がマイナス5度だという予報だったな。とはいっても、心の準備ができているせいか体感気温はそれほどでもない。もちろん寒には違いないけど。実際、妻が通っている大学の近辺(ブルックリン)では雪がうっすらと積もっていたらしい。
▼ 午前はConfocalで実験。
▼ 午後はTwo Photonで実験。
▼ 夜はAvery Fisher Hallへ。デヴィッド・ロバートソン(David Robertson)とかいう人の指揮のニューヨークフィルハーモニー。前半はピエール=ロラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard)のソロによるプロコフィエフ作曲のピアノ協奏曲第一番である。エマールは今月全2回聴く予定なのだが、実演を聴くのは今日が初めて。聴衆を熱狂させるタイプのピアニストではないけれども、音の粒が揃っていて心地よい。
▼ 後半はリヒャルト・シュトラウス作曲の「ツァラトストラはかく語りき」である。クラシック音楽マニアにはバカにされそうだが、恥を忍んで宣言すれば、私はリヒャルト・シュトラウスの音楽がわりと好きである。今日の演奏はどちらかといえば軽快な感じ。NYPOは個々のメンバーのテクニックも抜群なので、一糸乱れぬアンサンブルの上に、細やかなテクスチャーが浮かびあがってくる感じで良かった。コンマスのバイオリン・ソロはちょっと頂けなかったが、全体としては、なかなかの快演である。
▼ 帰宅後はRK君の論文書きを少しだけ。
▼ NBC。Snyderラボ。cytochrome cがIP3受容体に結合するという話。それによって受容体のカルシウム依存性阻害が抑えられるので、結果としてアポトーシスを促進してしまう。
12月3日(水)
▼ 朝から晩まで実験。待ち時間にはRK君の論文をちょこちょこと直しながら、あっという間に一日が過ぎた。in
vivoのimagingは思っていたほど簡単ではないようで、まだまだ道のりは長そう。
▼ 夜はRK君の論文に専念。
▼ KN君が論文の文章をほぼ完成させてきた。TY君、RK君、KN君。いずれの論文もとおっっっても重要なのだが、しかし!私の体は一つ。どれを優先すべきか悩み所。自分の学生の頃を思い起こしてみれば、まあ当たり前というか、仕方がないことなんだけど、もう少し学生達に英語論文を書く能力があれば私も楽になるんだけどなあ。と、ないモノをねだっても仕方がない。だって一番の問題は、最近の私の仕事の遅さなのだから。2、3日で論文を書き上げていたあの頃が懐かしい。とりあえず、私のホントの最優先事項は私自身の実験と論文であることは間違いないのだが。
▼ Neuron。たとえば、予期していないときに、突然、部屋のドアがばたんと開いたら人はびっくりするだろう。でも、あらかじめノックがあってから開いたら驚かないはずだ。直前に弱い感覚入力があると、後の反応が抑制されることを「prepulse
inhibition」と呼ぶ。この現象、ある精神疾患の人では起こらないというから不思議。でもメカニズムは不明。このラボでは、なぜか例のホクヨウウミウシ(Tritonia diomedea)を使って、prepulse inhibitionの解明に取り組んでいる。この生き物、シッポを刺激すると泳いで逃げるのだが、あらかじめ体にそっと触っておくと刺激しても逃げなくなる。まさにprepulse
inhibitionだ。それを担う神経回路にかかわるニューロンを新たに2つ発見し、その特性を詳しくしらべた論文。単純な現象なのに、中身は意外と複雑で、幾多のレベルでおこるシナプス抑制が絡まりあって最終的がoutputが生じるらしい。現象と機能がうまくリンクした好論文。
▼ Neuron。齊藤実先生のラボから。ハエも歳をとると痴呆になるという話。人とはちがって2ヶ月余りの短い寿命なのだけど、でも老蝿は若蝿に比べて、「かつてイヤな経験をしたニオイ」を早く忘れてしまう傾向があるのだ。でも、記憶力がすべて低下するのではなく、特定の期間の記憶保持だけが衰える。これはちょうど、amnという遺伝子に異常があって痴呆になってしまうmutantとそっくりで、面白いことに、この痴呆mutantでは、歳をとってもそれ以上バカにならない。裏を返せば、amnという遺伝子が、加齢痴呆に絡んでいる可能性がある。ちなみにamnはPACAPのホモログかもしれないということ。となると、やはりcAMPか。
▼ Neuron。ヒトfMRI。ユーモアを感じるときには腹側被蓋野や側坐核や扁桃体(つまり報酬系)が活動しているという話。この実験に使用された漫画(Fig1A)ってアメリカ人にとってホントに面白いのかなあ。。。笑えないんだけど
▼ JN。内側前頭前野の刺激で外側扁桃体の神経反応が抑制されるという話。とりわけ図4&5&6のような実験は重要。さらに、amygdalaの可塑的なresponse変化もprefrontal
cortexによって抑制されるから面白い。ちなみにamygdalaと条件付けの話題は今号のNeuron誌にもある。こちらも面白い。
▼ JN。LTPの誘導するために必要なポスト神経の発火数が、歳をとるにつれて増えるというデータ。この論文のGABAの絡みがいまひとつ私には飲み込めないが、つまりcircuit
reverberationを考えないといけないのかな。
▼ 今号のCONにはいくつか私にとって重要なのものがあるので暇なときにでも読まねば。
12月4日(木)
▼ 午前はdye loadingの条件検討。脳実質内での色素拡散は2% agarをつかってシミュレートできるのだ。
▼ 昼飯時はRK君のDev Biol論文のproof。
▼ 午後はconfocalのデータ整理。数時間粘ったが、人力ではほとんど整理不可能であることが分かった。困ったなあ。
▼ 帰宅後はRK君の論文書き。
▼ TY君の論文がrejectされた。予期していたとはいえ、とりあえずショック。
▼ 先日の日記(11月23日)で「じゅわなげらう」について書いた。ずいぶんと多くの読者から反響があって、改めて私の無知を反省することとなった。「Do
you want to get out」は文字通り「出たいのか?」という意味ではなく、むしろ「勧誘」の表現で、下品にナンパしていることになるらしい。。。改めて思い返すとけっこう恥ずかしい。というか、読者の方からいろいろとレスを頂くのですが、ほとんど返事ができなくてごめんなさい。
▼ ところで、無知といえば、12月号のJPSに尾藤晴彦先生が寄稿されていて、その中にCohenの論文の紹介があった。尾藤先生は「このような論文を発刊時に見落としていたことは非常に恥ずかしい」と書かれているが、私も見事に知らなかった。これとこれの二つだ。市販のキナーゼ阻害薬の特異性が相当数にわたって網羅されている。薬作メンバーは全員必読。
▼ Nature。pH-sensitive GFPをsynaptobrevinにfusionしてDrosophilaの神経細胞に発現させ、神経筋接合部でsynaptic
vesicleの動態を観察。exocytosisが起こった直後に、fluorophore-assisted light
inactivation (FALI)システムを使ってsynaptotagmin Iを不活性化するとその後のendocytosisが抑制されるという、まあ言ってみれば、それだけデータ。でもスゴい。
▼ Nature。TRP channelsの総説。
▼ Science。どこかで見たことがあるなと思ったら、onlineでずいぶんと前に読んでいた論文。lipopolysaccharide
(LPS)を末梢投与して炎症を引き起こすと海馬の神経新生が低下する。これはindomethacinで抑制され、microgliaからのIL-6を介している可能性がある。X線療法などを続けると痴呆がおこることが知られているが、この報告に基づけば、将来、これを防げるかもしれない。でもなんで、ここでは♀ネズミだけを使っているのだろう。
▼ Science。昨日のNeuron誌にcAMPがハエの記憶力に関係しているかもしれないと報告されていたが、今日のこの論文ではadenylyl
cyclase を発現させることでrutabagamutantに見られる記憶障害を改善できることを、巧妙な実験システムを用いて示している。
▼ MCN。limbic system-associated membrane protein (LAMP)はmossy fiberのガイダンスにかかわるとされる数少ない分子。それのstructure-function解析。
▼ MCN。calretininの発現から見た歯状回granule cell新生に関する論文。parallelismによる推測が多く含まれているけど、もしかしたら面白い論文かもしれない。
12月5日(金)
▼ 今年もこんな季節になった。長く厳しい冬が今日から始まった。
▼ 午前は実験。mGluRのアゴニストは劇的な効果だ。あまりに強すぎて、私の実験にはあまり好ましくない。
▼ 夕方はBrendonによるJournal club。3年前のちょっと古い論文が取り上げられた。私がかねてから興味を持っている話題「神経反応の確率共振(stochastic
resonance)」の内容だ。神経シグナルにはノイズが多い。「おそらく脳は情報にわざとノイズを混入させ、それを積極的に何かに利用しているのだろう」という発想が生まれるは自然だろう。そのノイズの役割をモデル神経を使って調べた論文。
▼ にしても、IFこそ3.7だけどJournal of Neurophysiologyには優良な論文が多い。一読者として好感を持っている雑誌のひとつ。でも、著者側としては投稿するだけで50ドル取るのは止めて欲しいかな。
▼ 夜は明治大学の学生さんから『PLUS』というフリーマガジン用の電話インタビュー。
▼ その直後、祖父江さん夫妻が遊びにくる。悦凱陣の「興」という3年ものの吟醸酒をいただき皆で飲む。旨い。っていうか、あの二人面白すぎ。祖父江氏は数学者。妻は「無限」とか「次元」とか聞き慣れない言葉に驚いていた。一方の私は、祖父江夫人から「日本人の鼻の『穴』の形には2種類ある」と聞いて、これには或る意味ショックだった。
▼ 週末はK-1グランプリがある。昨年はTN君にVTRデータをもらって渡米後にPC上で観たなあ。
▼ CC。TNFαのKOマウスで歯状回の発達が加速される。またWater Mazeの学習能が高い。
12月6日(土)
▼ 祖父江氏は6時に起床したようだが、一方の私はうっかり10時まで寝過ごしてしまった。まあ、たまには寝坊もよいか。
▼ ところで、祖父江夫人の日記に、『「雪やこんこん」(童謡)ではなく正しくは「雪やこんこ」である』と書かれている。不思議なことに、子供たちの大半は「こんこん」と歌っている。「こんこ」とは「おいで(来いよ)」という意味である。全然関係ないけど、『仰げば尊し』の最後の部分「いま〜こそ〜わか〜れめ〜」を「別れ目(=別れ時)」だと思っている人も多いらしい。実は「め」は古典助動詞「む」の活用変化の「已然形」である。つまり「さあ、別れましょう」という意味になる。まあ、知っていてもなんの役にも立たないんだけど。
▼ 今日は大学サークル時代の友人である小多さん夫妻を訪ねハリソンまで出向く。電車で全行程1時間ちょっと。途中はRK君の論文に専念。車窓からの風景はまさにブリザード。よく無事にたどり着いたなという感じ。
▼ 小多さん宅で夜まで色々な話で盛り上がる。ご夫人お手製の日本料理をこれでもかあといただき最高な気分。お嬢さん二人もとても可愛いのだ。とくに、妹さんの方はこの半年でずいぶんと成長されていてびっくり。
▼ 帰り道は、せっかくグランドセントラル駅まで来たのでちょっと周囲を散歩。世界一美しいと言われる(本当か?)ニューヨーク繁華街のクリスマス・イルミネーションを眺めてかえる。でも、見ていてウキウキ楽しいと言うよりも正直ツラかった。なにせ氷点下の街だ。耳がチギれそうに痛い。
▼ 帰宅したらほぼ夜中だったが、でもRK君の論文を手がける。
12月7日(日)
▼ 午前実験。週末の実験は久々。今日もまた条件検討。先は長そう。
▼ 午後はRK君の論文。こちらは先が見えてきた。今週中に投稿可か。
▼ 夜は妻の友人夫妻(入籍はしていないらしいけど)のお宅で夕食をご馳走になる。ダウンタウンの高層マンションにお住まいで、夜景が素晴らしかった。旦那さんはアメリカ人で不動産会社を経営。奥様は日本人でパリコレやミラノ、ロンドンなどで活躍されていた元モデル。モデル界の裏話やダイエット法など面白い話が聞けた。あと旦那さんの陪審員の話や大学時代のこととかも興味深かった。
▼ 今日知ったこと。「興奮」と聞けば、ふつう脳科学者は「グルタミン酸」を思い浮かべる。でも、一般の方々は「鼻血」を連想するらしい。
12月8日(月)
▼ 午前はポスドク候補のTalk。アメリカで活躍する日本人。論文上で名前だけは知っていたが、実際とても優秀そうな人だった。しかも、日本人と思えないほど英語が上手い。渡米前は彼くらいペラペラになるのが夢だったが、いまの私はまだまだ遙かに遠いレベル。
▼ 昼は自宅で、妻が作ってくれた料理(大学の講義があるのに毎日昼飯を作ってくれる。感謝)を食べながら、テレビのスイッチを入れる。「もう一人の松井がやってくる」とのニュース。一昨日の新聞にも出ていたように入団先はどうやらメッツに決まったようだ。ヤンキース・松井の大活躍があったからだろうか、契約金がいきなりスゴいらしい。彼の経歴とかが詳しく紹介されていた。松井稼頭中選手は以前から大好きなプレイヤーなので、おなじニューヨーク住民として今から来年が楽しみだ。来年はメッツ・ファンに変身かな。
▼ 午後はひたすらデータ整理。ふー。
▼ 夕食は「La Bonne Soupe」でPreFix。その後「ラストサムライ」を観る。この映画、映画評論家からはひどく酷評されているが、でも内容が現実にはあり得なさすぎて、娯楽大作として成功していると思う。アメリカ人はチャンバラが大好き。映画の最後のシーンでは観客席からすすり泣く声があちこちに。上映後には自然そしてと拍手喝采がおこった。アメリカ人は明快で気持ちがよい。
▼ 夜はTY君の論文。ん?図はまだできないのかな。そういえばKN君の図も遅いなあ。SFNからもう一ヶ月経つ。とりあえず、私の英作文のほうがもっと遅いので問題ないのだが。
▼ Jasonがフランスから帰国。今日から復帰。パリは7日連続で雨で寒かったのだそう。
▼ Rafaもフランス&スペインから帰国。スペインでCajalの観察ノートの本を買ってきた。写真がきれいで、Cajalの観察記録が細部まで判読できる。Cajalがいかにすばらしい学者だったかがよく解る。
▼ Carlosは、週1、2回は病院で働いているのだが、新しい優性遺伝病を見つけたらしく論文を書いている。「PLNDA」と名づけられたこの疾患は、痴呆・パーキソニズム・筋萎縮など多くの症状を併発する。患者は発症から3年以内に100%死亡。彼がいま診ている患者も近々死亡することが約束されているわけだ。「医者としてはきわめて悲しい事実だが、研究者としてはとても興奮している」と彼は言っている。
12月9日(火)
▼ 午前、実験。dyeを変えてチャレンジ。でも染色効率が良くない。実験前に、Rafaから「『複数の他ラボでもin
vivo imagingが水面下で進められている』という情報をキャッチした」ことを知らされた。しかも、慌てたRafaが昨日Konnerthに電話したら、この論文の後に、さらに劇的な進展があったという話を聞いたとかで、私とRafaでつぎの木曜日に作戦会議を開くことになった。
▼ 午後はひたすらデータ整理。うーん、単調作業だ。別に嫌いではないけど。。。まだ当分終わらなそう。誰かやってくれる秘書さんを募集したい勢いだ。
▼ Nature Reviews Neuroscienceの12月号がラボの共通机においてあった。パラパラと眺めていたら937ページにきれいな写真が出ていた。「スパインが一つ一つきれいに見えるではないか!どうやって撮ったのだろう。免染かな?
う〜ん、美しい」などと感心していたら、ぜんぜん違った。ショック。。。っていうか職業病?
▼ 夜はニューヨークシティーバレエ(NCB)へ。NCBを観るのは初めて。演目はお約束の「くるみ割り人形」だ。毎年この時期に公演される「NCBのくるみ」は、いわばニューヨーク名物で、ずいぶんと前からチケットを押さえないと見ることはできない。というわけで、今回は学生券でなく正規予約で観た。名物になるだけはある。ホントにいい。楽しいし、明るくなれる。と同時に「いやあ、もう今年も終わりかあ」と実感。ちなみに年末にベートーヴェンの第九(合唱)を演奏するのは日本だけの風習。
▼ 帰宅後はTY君の論文。
▼ PNAS。アストロサイトから放出されるD-セリンが、海馬LTPを促進していることを、glycine-binding site阻害薬であるDCKA、7Cl-KynAやD-serine degrading enzymeであるDAAOなどをツールに用いて示した論文。
▼ PNAS。calyx of Heldでuncaging Ca2+を使っている。
▼ JNP。聴覚情報を処理する下丘神経のIhに関する研究。Onset cellにはIhがより顕著に観察されて、そのkineticsも速いという。
▼ JNP。interconnectedネットワークに leaky integrate-and-fire neuronを組み込んだモデル系に、さらにsynaptic
depressionまたはcellular afterhyperpolarizationを導入するとrandom fluctuationsがどうなるかというシミュレーション。SF君なら一人でこのくらいの研究はできるのでは。それにしても、synchronizationやoscillationって必要以上にstubbornだよな。それともsynchronizationとかをキーワードに入れると論文になりやすいだけか。
▼ JNP。FRET蛋白カメレオン(cameleon)が脊椎動物でも有意義に使われ始めた。
12月10日(水)
▼ 午前:vivo実験。
▼ 午後:データ整理。できる限りマウスだけでデータ処理ができるようにプログラムを組んだのが災いしてか、右手がほとんど腱鞘炎状態。しかも、まだまだたくさん残っている。。。
▼ 夜:TY君の論文。
▼ Rafaが「Imaging in Neuroscience and Development」とかいう新しい本を編纂しているようで、今日その中の一部「Imaging
with Quantum Dots(Jaiswal & Simon筆)」の章がラボ内で配布された。
▼ 日本の風呂について会話した。映画『Spirit Away(千と千尋の神隠し)』はアメリカでも大人気。でも皆さんには、映画に登場する「銭湯」という商売が不思議でならない様子。「日本人は皆で風呂に入るのか」と。。。お隣の中国ですらそういう風習はないらしい。「温泉街に行くと‘露天’風呂だってあるんだぞ」と私がいうと、もっと驚いていた。さらに「混浴さえある」と言ったら、もはや皆さん気絶しそうだった。へえ、そんなに不思議なんだあ。
んで、「日本には行ってみたかったが、他人と風呂に入るくらいならやめとこう」との結論に。ちょっとオドシすぎたかな。。。
12月11日(木)
▼ 起床したら外の気温が13℃もあって驚いた。そして雨。でも明日からまた零下らしいけど。
▼ 午前、データ整理のつづき。そして、Rafaと約束のmeeting。ボスはvivo実験から手を引きたい模様。私は今年いっぱいはやらせてくれと頼んだが。。。
▼ 午後はデータ整理は避けて、TY君とRK君の論文の仕上げに入る。明日、両方とも投稿できると良いのだが。
▼ 世の中には奇跡的な傑作というものがある。アルベニス作曲による全4巻の「イベリア」はまさにそんな作品だ。ドビュッシーやメシアンといったクラシック音楽界の大御所も『「イベリア」こそピアノ曲の金字塔だ』と認めている。私も賛成である。実際、日本から楽譜を持ってきているくらい、私が愛して止まない曲なのだ。でも、残念ながら生演奏はいまだに聴いたことがない。理由は単純。この難曲を弾きこなせる人が世界に数えるほどしかいないからだ。
▼ そして昨日、大学構内で突然目に飛び込んだポスター。「12月11日 コロンビア大学ミラー・シアターにてイベリア全曲演奏会」。 まさかこんな身近でイベリアが聴けるなんて。。。 というわけで聴いてきた。美しくそして情熱的なスペインの調べ。もう感動というほかない。とくに出だしの曲「エボカシオン」はこれほど完璧な演奏を聴いたことがない。にしても、複雑なテクスチャーを持つこのイベリアを暗譜で弾くなんてスゴすぎる。さすがはマルク=アンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin)、彼は最高だ。っていうか、すみません、本当は帰宅してから、もらったパンフレットを眺めていて初めてピアノストが、かのアムラン本人だったと知って驚いたというのが実際のところ。だって、まさか世界的ピアニスト(たとえばここやここ)が大学講堂で演奏するなんて思いもよらなかったので。んで、チケットがたったの7ドルだったんだけど、大学側はモトは取れてる?
はずはないか。
▼ 夜はTY君の論文。
▼ Nature。ネズミの嗅覚の入力系ネットワークにおいてshort axon cellが遠方のglomerulusを抑制してcenter-surround
inhibitory networkを形成することを示した論文。一方、出力系にはmitral-granule-mitral
networkによる側方抑制があるから、これで2ステップ式に空間コントラストが強調されることになる。薬作でもDiIで図1、2のようにきれいに染まればいいのになあ。
▼ Science。spinal cordのanterior-posterior方向の軸索誘導のメカニズム。右脳は左半身を、左脳は右半身を司っているのはよく知られている。たとえば上行体性感覚神経は脊髄内で体の中心線を横切り、それから脳へと上っていく。中心線を横切るための軸索誘導のメカニズムについてはよく調べられている。ざっと関わる分子を挙げただけでもnetrin-1、Sonic
hedgehog、BMP、Slit、semaphorinなど枚挙にいとまがない。でも、その後、神経が向きを変えて脳へと上向していくためのガイダンス機構はずっと不明だった。この論文はWnt4/Frizzled3系がそこに関与していることを示した報告。
▼ Science。ラットbarrelの4層spiny stellate cellから2/3層pyramidal cellへのシナプス特性を調べ上げた論文。ここでは単スパイクによるrelease
probabilityが80%近いという。さらにシナプスがfunctionalである率も9割というから驚きだ。この論文、高橋先生が査読したのかな。手法自体は目新しくないがなかなかマニアックだ。
▼ Cell。アルコール中毒はBKカリウムチャネルで説明できると主張する論文。線虫で、だけど。
12月12日(金)
▼ 今日でちょうど渡米1年になる。もう一年も?と思うと同時に、まだ一年なのか、という感じも強い。日本にいた頃は時間が経つのが早く感じられたものだが、渡米してからは毎日が刺激的なせいか、時系軸に「密度」を感じる。そういう意味では若返った気分だ。次の一年間の目標は「英会話の上達」そして「論文もう一報」。
▼ 午前実験。今日はなぜか水道が使えなかったので、急遽slice実験はやめて、in
vivo実験へ。loading条件の検討。
▼ 午後はデータ整理。
▼ 夕方はAndyによるEpilepsy学会の報告会。paroxysmal depolarization shift
(PDS)とUP stateの関連性について盛り上がる。
▼ RK君の論文をNeuronへ投稿する。TY君のほうは明日投稿かな。っていうか、想像したくないけど、一週間後に忙しくなるのは目に見えている?
自虐。
▼ 夜は妻の友人らと野村万作&萬斎のニューヨーク公演を観に行った。生まれて初めて生でみる狂言。
▼ 帰宅後はワインとチーズ。最近は深夜まで仕事に身を捧げていたので、妻と二人で酒を飲むのはホントに久々だ。
▼ 風呂に入りながらNRNにAOPで出ていた「Burst発火」のレヴューを読む。内容はちょっと偏向しているが、さすがGabbianiはだけある。weakly electric fishの研究について詳しい。
▼ 今朝、ラボに着いたらCarlosがインターネットでニュースを閲覧している。そして突如、振り返って、こう訊いてくる、「日本でも政治家はアホか」。たしかに日本国民は政治に文句ばかり言っている。でも、私は思う。日本人の政府への不満や不平の多くは、マスコミが植え付けたものだと。なんで日本のマスコミはあんなにもネガティブなんだろ。挙げ句の果てにマスコミ自ら「最近、暗い話題が多い」と嘆く。すべてをネガティブな視点で眺めたら暗くなって当然だ。
▼ たとえば、日本人は皆「税金が高い」と文句をいう。そりゃ、私だって払わずに済むのならなら払いたくはないが、日本は先進国のなかでは異例に税金が安いはずだ。アメリカの税金の高さは並ではない。たった日本の2倍の人口で、日本の25倍もの広大な国土と世界最大の軍事力を支えていることを想像すれば理解できるだろう。それでも、アメリカ国民は納得して払っている。文句なんか(ほとんど)聞いたことがない。それは一人一人が国を支えているという誇りを持っているからだ。アメリカ人からは見れば、日本人が税金の払い渋りをしているは滑稽だろう。これだって、マスコミの体質の差だと思う。事実を報道するのはもちろん重要だが、不必要にネガティブ感を煽るのはどうかと思う。(12月1日の日記にも書いたように)日本人が悪口や文句が好きなのはまあ理解できるが、でも日本の政治が目も当てられないほど世界標準レベルから劣っているようには到底思えないのだが。。。少なくとも私はもっと前向きに生きたいかな。。。と、たまにはシリアスに語ってみる。
12月13日(土)
▼ 午前。TY君の論文を最終チェックして、Nat Neurosci誌に投稿。
▼ 午後はひたすらKN君の論文。電流源密度解析(current source density)の3D計算プログラムを書く。日本では早くもKN君がてんてこ舞いしているらしい。学生に私が掛けるプレッシャーは半端ではないので、KN君なぞは論文を書き終わるたびに大学を休むほど体調を崩してしまう。これはもはや薬作の風物詩。今回もきっと起こるだろう。彼はがんばり屋なのだ。でもKN君と論文を書くのは今回で最後。残念だ。っていうか、私が学生だったら池谷の指導の元でだけは働きたくないな。
▼ 昨日、アメリカの税金について書いた。こちらでは税金システムが日本とはずいぶんと違う。たとえば「学校税」という税金がある。これは、その学区内に住む人が一律に払わなければいけない税金。自分に子供がいようがいまいが、子供が小学校に通っていようがいまいが関係なく払う義務がある。日本で言えば「固定資産税」ような概念(もちろんアメリカ版・固定資産税は他にある)である。
▼ さて、ここで問題なのは、学校税が学区によってカナリ異なるということだ。通りを挟んで向いに住めば税金が安いとか高いとかという差がでてくる。当然、学校税の高い地区に住めるのは一部のお金持ちだけになる。んで、学校税の高い地域の学校は、集めた資金で良い先生を呼ぶことができる。したがって、その地区に住む生徒は素晴らしい授業を受けることができる。アメリカの教育は長所を生かすようなポジティブ教育。栄養価満点の環境でスクスクと育った子供は、将来は名門大学に入学できるだろう。
▼ ところで、アメリカという国は日本以上に「学歴」が重要視される社会である。アメリカでは大学ではレベル(授業料と言い換えても良い)に応じた高度な教育が受けられ、と同時に卒業するのがやはりその大学のレベルに応じて難しいのだ。つまり「○○大学卒」という肩書きは、日本のそれとは違う説得力がある。極端な学歴社会にも理由があるわけだ。
▼ というわけで、おわかりいただけるだろう。つまり、親がお金持ちだと、それだけで確実な将来に向けてレールが敷かれているも同然なのだ。「自由で平等の国アメリカ」というのは表向きだけで、「貧乏の子はいつまで経っても貧乏」という巧くできた階層構造がアメリカ社会にはある。日本ではいまだに「アメリカ崇拝主義」の人が多いが、そういう人は元・東大卒プロ野球選手の小林至さんが「アメリカ生活を通じて感じた社会矛盾」について書いた本を何冊か読んでみるとよい。たとえばこれ。 あ、でも私はアメリカは嫌いじゃない。NYはわりと住み心地良いし、それに、ほっといてくれるのがいい(相手にされてないだけなんだけど)。
▼ JNの表紙。いつも趣が違って面白い。にしても、Ramon y Cajalは偉大な人物だ。Yusteラボでは神のような存在。
▼ JN。NMDA受容体のNR2BサブユニットC末がcalpainで分解されてactivityが上昇。興奮毒性に寄与するという論文。なんだか以前ここで読んだような内容だな。こちらはNR1のN末だけど。
▼ JN。金魚網膜bipolar cell神経終末。ふつうシナプス小胞の中は酸性である。当然、exocytosisの時にこの水素イオンは放出される。となるとシナプス間隙もその瞬間は酸性になる。これがCaチャネル活性を阻害し、引き続くexocytosisが抑制されるので、short-term
depressionが起こる。ふーん、知らなかった。
▼ JN。内容よりも、時間分解能1msの高速イメージングの技術に私の興味がいった。市川道教先生のラボはスゴいなあ。
▼ JN。海馬のmGluR-LTDに12-HETEが関与している。
▼ JN。昨日のAndyの報告会でも話題にあがった論文。GABAのspilloverがGABAB受容体を介して海馬mossy fiberのシナプス応答を抑制するのだが、これが、てんかん重積状態(status
epilepticus)の24時間後で消失するというデータ。GABAB受容体の減少が原因らしい。
▼ JN。Stuartラボ。ラットprefrontal cortexのL5 pyramidal neuronsでaction potential
backpropagationwを詳しく調べた論文。図5-10のdopmaine薬理のネガ・データを除き、どこが新規なのかよくわからない。
12月14日(日)
▼ 昨日は一歩も部屋から出なかった。今日こそは散歩にでも出かけようと思ったが、よりによって吹雪。夜からは雨。これで48時間以上も引きこもりだ。
▼ 一日中、KN君の論文。図とLegend、それにアブストを一通り仕上げる。Figがわりとうまく書けて満足。でも、一番重要なデータがまだ例数が揃っていないんだけどね。
▼ TVはフセイン一色。森山和道さんの日記によれば、日本のメディアは無反応だとか。そうなんだあ。っていうか、森山さん誕生日おめでとう。
▼ 「脳トレ」が久々に増刷になった。いつのまにか9刷も重ねている。
▼ そういえば、糸井重里事務所との共同でまた面白い企画が動くかもしれない。これは自分でも楽しみ。
12月15日(月)
▼ 午前はRafaによるLadislav Tauc Conference in Neurobiologyの学会報告。Rafaの説明はsimpleでわかりやすい(もちろんsimplifyがいつでも良いとは限らないんだけど)。いくつか一般ウケする話題も。
▼ たとえば、Thorpeの研究。サルに映像を見せて正しい答え(生き物か物体かの判断)をボタンで押すというテストをやらせると、最速で100msで反応するらしい。シナプス伝達一回分を10msと考えると10ステップで正解にたどり着くことになる。「網膜→外側膝状体→V1→?→MI→手」という経路の「?」の部分はそんなに複雑ではないということか。一方、ヒトでこれと同じタスクをさせると、どんなに速くても180msは掛かってしまうらしい。ダメじゃん、人間。
▼ それから、Dehaeneのサブリミナル効果の研究。サブリミナルな刺激を与えるとV1およびその周辺だけが活動するが、意識までにのぼるような刺激のときにはanterior
cingulate cortexまでシグナルが届き、それが前頭葉などもっと広域に活動が伝播するという。サブリミナルかサブリミナルでないかを分けるGateが存在しそうだ。
▼ Rafa自身の講演は、投稿中の私の論文の研究内容。好評だったと聞いてホッとした。とくにMoshe Abelesの仮説は今ではもはや支持されていないに等しく、幾多の反証データが出てさえいるという状況のなか、「Abeles'
synfire chains」に別の角度から解釈を与えたという意義は大きいらしい。うーん、個人的にはsynfire
chainと関係なくてもいいんだけど。。。ともかく、たとえばbird songの複次syllable構造に類似した現象が哺乳類の皮質にも存在したという点は、出席者のMichael S. Fee氏も興味を示したというので、そっちのほうが私には嬉しいニュースだ。
▼ 昼はJian Yangのテニュア(tenure:終身雇用)審査の公開講演。
▼ 午後はデータ整理に没頭。昇天しそうなくらいの単純作業。かといってコンピュータにできるような処理でもない。うむ。
▼ 夜はカーネギー・ザンケル・ホールへ。 ピエール・ロラン・エマールのピアノ演奏でメシアン作曲の「みどり児イエスにそそぐ20のまなざし」。これまた、ピアノ譜をアメリカまで持ってきたくらい大好きな曲で、実際、クラシック音楽を聴き始めてまだ間もなかった中高時代に、生まれて初めて貯めた小遣いで買ったレコードがこの曲なのだ。「まなざし」は友人・西村英士さんのHPで詳解されている。
▼ この曲を生演奏で聴くのは今日が初めてで、先週の「イベリア」といい、長年の夢が次々に叶ってしまうNYという街は怖いくらいだ。
▼ さて、エマールはメシアン国際コンクールに優勝し、さらに、この曲を録音するほど、メシアンを得意としているピアニスト。この演奏会はずっと前から楽しみにしていた。もちろん今夜の会場に空席はなかった。ホール自体は相変わらず地下鉄の轟音がひびく音響でゲンナリだったけれど、演奏は完璧。これは痙攣モノである。消え入りそうな弱音から強靱な音まで広いダイナミックレンジで表情豊かに、そして信じがたいほどの超絶技巧をもって全2時間の大曲を弾き切っていた。しかも暗譜でだ。スゴい集中力。
▼ にしても、アメリカ人は演奏会のマナーが悪い。これにはスペイン人Carlosも怒り気味。せめて演奏途中での出入りは止めて欲しいし、演奏後にピアニストが手を下ろすまでは拍手を始めないでもらいたいなあ。これがなかったら今日のコンサートは今年一番のピアノ演奏会になったろうに(ちなみに、今年印象深かったのはやはりキーシンかな。エマールが峻厳たる修行僧ならば、キーシンは懐の深いエンターテイメントといった感じか)。
▼ 妻が大学で今期の単位を取得した。Aだそうだ。スゲえなあ。私ならボツな英語力だけでD確定。ともかく近くにパートナー兼ライバルがいるのは良いことだ。
▼ 帰宅後はKN君の論文。
12月16日(火)
▼ 午前は実験。in vivo。実験中にこんな論文を見つけた。Konnerthはzebrafishでもやっているのかあ。
▼ 午後はデータ整理の続き。
▼ 夜はメトロポリタン歌劇場へ。今日はシェーンベルクの「モーゼとアロン」。シェーンベルクの作品は「月に憑かれたピエロ」など好きな曲が多いが、このオペラだけは名曲だとされているにも関わらず、なんとなく敬遠していた。今日はじめて聴いたが、いや、衝撃的な音楽だった。私の好きな「ヴォツェック」よりも後発だけある。曲の作りがさらに凝っていてテクスチャーが複雑だ。それに今日は演奏が最高だった。NYに渡ってからメトには何度通ったのか、もはや分からないが、今日のは間違いなくトップレベルの演奏。歌手のフィリップ・ラングリッジ(Philip
Langridge)やジョン トムリンソン (John Tomlinson)もスゴいが、ジェームズ・レバイン(James
Levine)の指揮がさらにスゴい(4年前の同じメンバーによる演奏へのニューヨーク・タイムズ評はこちら)。っていうか、そもそも、こういう音楽が再生可能であること自体で驚異的なのだが。同時に演出も面白くて、有名な「狂乱の場」などはほとんどモダンダンスの世界。生まれて初めて観るオペラがこれだったら禁断症状でウナされそうな勢いだ。私にとって今夜は、演奏会通いの今年の締めだから、そう言う意味でも、とても良い思い出になった。
▼ 帰宅後はちょっと論文書き。
▼ わがコロンビア大学からこんな研究が発表された。「ストラディバリウスは何故すばらしいか」という理由だ。クラシック界では300年も前に作られた名ヴァイオリン「ストラディバリウス」が今でも重宝がられて使われている。300年前といったらバッハやヴィヴァルディの時代だ。なぜ、最新の工学技術をもってしても、昔の技術が超えられないのかが、私にはずっと不思議だったが、なるほどそういうことかとちょっと納得。
12月17日(水)
▼ 気温が高いせいか(といっても東京よりは寒いのだけど)、朝から晩まで雨。
▼ そして私も朝から晩までデータ整理。ほとんど手が痙攣状態。腱鞘炎寸前だ。でもシグナル抽出作業はすべて終わった。
▼ 夜はKN君の論文。Methodsまで終わる。
▼ 平瀬肇先生が理研の上級研究員なられることが正式に決まったそう。すばらしい。将来はぜひコラボなどして世界に対抗していきたい。
▼ 昨日のメトロポリタン歌劇場で、幕間にオーケストラピットを興味津々に眺めていたら、見知らぬ日本人から話しかけられて驚いた。なぜかメトの裏方事情に異様に詳しくて、いろいろ教えてもらって楽しかった。後から知ったのだが、彼は小川俊郎さんといって、一部の人には有名かもしれない。実際、80年代にはメトの歌劇場で働いていて、ABTの「ラ・バヤデール」の照明などを演出されたそうだ。その演出は10年以上も経った今でも変わらずに受け継がれているらしいので、つまりABT公式サイトのトップページにある右の写真、この照明を手がけているのは小川さんだというわけだ。彼はいま引退してNYクイーンズにお住まいらしいので是非またお会いしたい。ちなみに、彼の情報によるとレバイン氏は体調が芳しくないらしい(来年のリングは大丈夫?)。
▼ ところで歌劇「モーゼとアロン」。気になる方もいらっしゃるようで念のため情報。次回の「モーゼとアロン」の公演はWQXRのHPでライブ放送(音声のみ)が予定されている。日本時間では日曜日の早朝3時半になっちゃうけど。。。
▼ 月曜のカーネギーで聴いたエマール氏のピアノがとても良かったので、amazonで彼の演奏するCDを一枚購入。リゲティのピアノ曲。今日はやくも郵送されてきた。この中の「ムジカ・リチェルカータ」という曲は、実は先月ロンドンのコベントガーデンでバレエとして聴いて初めて認識したのだけど、S.キューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」のメインBGMとして使われていた曲なんだよね。つまり、このCDを選んだのは妻の希望もあってというわけ。んで、実際、やはり良い。
▼ Neuron。海馬場所細胞(place cell)には、純粋に場所に反応する神経だけでなく、今までいた場所に応じて現在の場所を判断する細胞(Retrospective)、もしくはこれから行くべき場所が特定されて初めて現在いる場所に反応できる細胞(prospective)があることを示した論文。FF
lesionを巧みに使っている。こういう知見を何でもかんでもエピソード記憶に結びつけて考えるのはいかがなものかとは思うが、この発見自体は海馬の機能を考える上でかなり有意義である。
▼ Neuron & Neuron。ニコチン受容体βサブユニットのノックアウトマウスに関する論文2報。生後1週目のretinotopic
mapの発達期にみられるretinal wavesはアセチルコリン依存性なので、このmutantマウスを使えばpatterned
retinal activityがmapの形成にどう重要かを直接しらべることができる。このマウスでは自発発火のレベルは保たれているが、retinal
ganglion cell同士のcorrelated firing が崩壊している。結果として、標的のlateral
geniculate nucleusやsuperior colliculusへの投射Mapが喪失していまう。なかなか面白い。まあ、発見の内容自体はHebbの予言の範囲を出ていないんだけど。RK君は前者の論文の図3のような実験ができれば良いわけだ。
▼ Neuron。脳のシナプス伝達は驚くほどunreliableなのだが、それは学習則と関係しているという学説(“hedonistic
synapse hypothesis”)。基本のコンセプトはbackpropagation argorithmなのだけど、シナプスにrewardという考え方が新鮮。
▼ 今年のNeuron誌で審査員を勤めた人のリスト。
12月18日(木)
▼ 学旗が半旗になっていた。何かあったのかな。それともアメリカにはそんな風習はない?
▼ 午前実験。in vivo。今日もダメ。最近、ラボで実験をしているのはJianと私だけ。皆さん年末モード?
でも私の実験も今年は今日でおしまい。
▼ 昼はアルベルト・オリヴェリオ教授の「論理的思考の技術」という新刊に推薦文を書く。この本、脳科学とはあまり関係ないけど、ノウハウ系なのに(少なくとも私には)面白かった。
▼ 午後は研究棟10階ラボで合同クリスマスパーティー。引き続き、夕方からはアパートメントのクリスマスパーティー。
▼ ちなみにアパートメントのパーティーは、もちろんパーティーなんだけど、その意図は「チップ集め」にある。つまり、アパートの住人達が一年間の感謝の意を込めて、管理人やドアマンや掃除人にチップを渡す機会なのだ。この時期の直前になるとわざわざ関係者(我々がチップを渡すべき人)の氏名リストが各住人に配布され、そして管理人の招集のもとにパーティーが開かれる。もちろんチップをはずむと来年一年間とても良くしてくれるというわけだ。「すべてはカネさ」というのはアメリカならではのシステム。この時期が近づくと、ドアマンや掃除のオジさん達が急に愛想が良くなるのはどのアパートでも観察される普遍的な現象らしい。なんというか、わかりやすくてよい。
▼ 夜はKN君の論文。急がないと。
▼ Science。坂野仁ラボから。この研究室では以前から嗅覚受容体の一つMOR28に着目している。独自のYAC系を使ってCoding領域の上流にH
regionと名付けられた部位を同定。H regionはMOR28クラスターgeneを排他的に発現させるのに重要な役割を演じているらしい。これまぢ面白い。Discussionにもあるように免疫系で働いている制御システムとの関係にも興味がひかれる。
▼ JN。性周期とBDNFの関係。発情期および発情前期で海馬の興奮性が高まるのはBDNFの発現上昇を介しているという内容。
▼ JN。Hasselmoの名前を久々に見た気がする。Free MovingラットCA1でθ波のon-peakとoff-peakで刺激を与えるとそれぞれLTP、LTDになるという結果だが、これがなぜ今更JNに載るんだろう。
▼ JN。ピロカルピン癲癇ラットではplace cellのregion specifictyが低下して、かつ空間学習能も悪化するという報告。
▼ JN。これも読んでおかないと。理解するのに時間が掛かりそうなので今日はパス。
12月19日(金)
▼ 午前、KN君の論文。Resultまで終わる。
▼ 午後、研究棟のクリスマスパーティー。主に日本人の竹林君と会話。
▼ 夕食はPhenixで食べて、夜はJapan Scietyで小林正樹監督の映画「怪談」(64年)を観る。独特な美学が貫かれている点はスゴいけど、でも映画の出来としてはどうなんだ、これ。
▼ 帰宅後は再びKN君の論文。Discussionを途中まで。
12月20日(土)
▼ 午前は論文書き。
▼ 午後はマディソン街まで買い物。
▼ 夜はKN君の論文。おおよそできあがった。
▼ 山田先生からJAKさんの論文の返答FAXを転送いただいた。ようやくポジティブな手応え。気持を引き締めて行かねば。
▼ 5月に上演される「リング」全幕のチケットが取れた。でも肝心のレバインは一昨日入院したそうだ。大丈夫かな。
▼ MCN。retinal ganglion cellはcritical periodと呼ばれる期間に、視床の特定の部位にaxonを投射して幾何学的に法則性のある地図を形成する。これにBDNFが関与しているという論文。retinal
ganglion cell自身で合成されたBDNFが長いaxonを下って運ばれ、その末端で局所的に効果を発揮しているというのが主旨。
▼ MCN。ephrin-A3とEphA5が海馬苔状線維の軸索誘導に関わるという話。薬作Mossyグループに重要かもしれないので、ちょいと詳しく書くと、EphA5のmRNAは海馬のdorsal-ventral軸にgradientを作っている。つまりDGで高くCA3-CA1に行くほど発現が低下。ephrin-A3は逆にhilusやoriensに行くほど発現が高い。いくつかのimmunoadhesin、たとえば、EphA5
IgG(EphAアンタゴニストかつephrin-Aアゴニスト)やephrin-A5 IgG(その逆)を脳室内投与するとperforant
path kindlingの進行をそれぞれ抑制および促進する。同時にmossy fiber sproutingもそれぞれ減少および増加する。キンドリングによって内在性のephrin-A3/EphA5がどう変動するかがつぎなる課題か。
▼ さて、明日からしばらく年末休暇に入る。もしかしたら年内は日記を更新できない可能性もあるけれど、可能なかぎり続けたい。
12月21日(日) ペルー
▼ 朝NYを発ち、ヒューストン経由で深夜リマに到着。
▼ ペルーはNYと時差はない。人々はスペイン語を話している。リマは赤道に近い割には意外と暑くはなく、むしろ肌寒いくらい。フンボルト寒流の影響なのだそう。
12月22日(月) ペルー
▼ ペルーからもネットが繋がったので日記を更新。
▼ ホテルで朝食。初めてサボテンを食べた。甘くて美味しい。
▼ 早朝にリマを離れイカへ向かう。そこからセスナで「ナスカの地上絵」を見る。いわゆるこういう有名な模様は、なんとなくアリゾナ州あたりのインディアンの壁画に構図が似ているなと感じた(おそらく同じ人種の人々が描いているのだろう)が、それ以外にも不可解な幾何学図形が無数にあって驚く。200個はあるらしい。ホント意味不明だ。
▼ その後、ワカチナという名のオアシスを訪問。そう、リマやイカの周辺は砂漠なのだ。サハラ砂漠よりも美しい砂の大砂漠は圧巻。
▼ エジプトもそうだったが、ペルーでも貧しい人々が数多く生活をしていた。しかも、エジプトよりもスゴイのは、彼らは砂漠の真ん中、つまり飲み水さえ満足に得られないような場所にも住んでいる。こんな感じ。下の写真に見える一戸一戸が「家」である。壮絶だ。
12月23日(火) ペルー
▼ 早朝にイカを発ち、パラカスへ。そこからボートにのって「パジェスタ島」へ。この島はリトル・ガラパゴスとも呼ばれているらしい。沖で振り返れば大地は荒廃した砂漠。しかし海の上は驚くほど寒かった。南極方面から流れ込む海流のせいである。実際、この島にはペリカンやペンギンやアザラシが生息していた。野生のペンギンをみるのは生まれて初めてだ。その後、パラカス半島をバスで巡る。砂漠や絶崖の景色が素晴らしい。海岸沿いにはフラミンゴが棲んでいる。
▼ 夕方にリマへ戻る。ディナーは「ロサ・ナウティカ」というレストランで。
▼ Science誌からの返事がRafaから転送されて来た。Revewierは3人とも褒めてくれているのでチャンスありだ。追加実験は要求されていないが、慎重に対応しなければ。砂漠を歩いていたら、Revewierに突きつけられた課題を解くための新しいアルゴリズムを思いついた。というわけで、こんなこともあろうかと持参したPCで早速プログラミングに励む。
12月24日(水) ペルー
▼ 朝3時に起きてリマの空港へ。でも目的地の天候が悪いらしく足止め。待ち時間はプログラミング。ようやく昼にクスコに到着。空から見るアンデス山脈は雄大。クスコは街そのものが世界遺産らしい。インカ帝国時代に築かれた石垣が無数に存在している。その石積の緻密さは驚異的で、日本の城なんてママゴトのようだ。
▼ 午後は「ロレト通り」「コリカンチャ(太陽の神殿)」を散歩し、バスでクスコを見下ろせる高台に行き、さらに「サクサイワマン」「プカ・プカラ」「タンボ・マチャイ」「ケンコー」など近郊の古代遺跡を巡る。
▼ いったんホテルに帰り休憩。「12角の石」を探しつつ「アルマス広場」を通って、「プカラ」というレストランで夕食で。広場はクリスマスで賑わっていた(ペルーの人口の90%以上はカトリックである)。ちなみに、ペルーの飯の美味さは並ではない。
▼ クスコは標高3350mの高山都市。空気が薄くて散歩さえも一苦労。
12月25日(木) ペルー
▼ クスコ市からバスでピサック村へ。市場で買い物。コカの葉も普通に売られている(こちらでは合法)。その後、ウルバンバ村で昼食。午後はオリャンタイタンボ遺跡を見学。
▼ 夕食はホテルで、アルパカやモルモットを食べる(写真はリャマの可能性が高い。まだうまく区別ができない)。モルモット焼き(こちらではクイと呼ばれていて、かつては高級料理だったらしい)は、味も食感も鶏肉だ。なんとなく実験につかう動物を食べるのには抵抗があった。
▼ ホテルはユカイという小さな村にある。そこで地元の人が飲む「チチャ」というトウモロコシ酒を飲む。酒というのは腐ら(発酵さ)せて作るというのを実感させる味だった。。。
▼ 今日訪れた街は「インカの聖なる谷」と呼ばれる超ド田舎地区で、民家は壁が泥レンガで、屋根が瓦でつくられている。生活は質素だけれども力強さを感じる。ちなみに家は一週間程度で建築できて、5年程度しか持たないらしい。つまり、すべて築五年以内の物件(?)だ。
▼ ホテル裏の風景は典型的なアンデスの山並み。山に見える横筋はインカ時代の段々畑。その数は非常に多く、もしその畑すべてでジャガイモやトウモロコシを栽培したら、現在の世界中の飢饉を救えるくらいの収穫量を誇っていたらしい。ちなみに、写真ではわかりにくいが山の向こうには真夏なのに雪化粧をした4〜5000メートル級の連峰が見える。
12月26日(金) ペルー
▼ 妻が「南十字星」を見たいというので、朝三時半と四時半の二回にわたり起きて空を眺めるが曇っていた。残念。
▼ 電車とバスを乗り継いで「マチュピチュ」へ。あいにくの雨。。。いまは雨期らしい。でも、伝説の空中都市を目の当たりにしたときの感動は言い表せない。一応、お約束の視点からの写真。謎の多すぎるこの都市で古代文明に思いを馳せるのはそれこそ贅沢な時間だ。石組みの模様を見ていたらクレー作の絵画に見えてきたのは私だけだろうか。
▼ 遺跡の周囲は断崖絶壁で囲まれていて、その風景がまた素晴らしい。動植物も豊富で、野生のハチドリやラン(この蘭の名前は忘れたが現地の言葉で「いつまでも若く」という意味らしい)などがそこかしに。
▼ 電車とバスでクスコへ戻る。途中、クスコの夜景をみた。
12月27日(土) ペルー
▼ 朝、クスコからリマへ。
▼ 午前はぶらぶらとホテル周辺を散歩。午後は「恋人達の公園」「旧市街」などを観光。旧市街はユネスコの文化遺産らしいけれど、恥ずかしながら私には(すくなくともパッと目には)、その価値がよく理解できなかった。世界遺産といえども、クスコ市と同様で、人々が日常生活を営んでいる普通の空間なのだ。
▼ その後、「ポコ・ア・ポコ」で買い物。話の流れで、なぜかビクーニャ(ヴィクーニャ、vicuna)とかいう動物の毛で作ったマフラーを買うことに。
▼ 夜は論文の仕事。
▼ 今日、面白い話を聞いた。『インカ文明には文字がなかった』 これに関して多くの説が挙げられている。もっともらしい説明は「文字はあった。が、現代の我々の文字(←2次元の空間に図形を書くという方法)とはまったく異なる性質の文字であったので、まだ発見されていないだけだ」という説で、私もそう信じている。しかし、今日聞いた話では「インカ人は文字が要らないくらい優れた頭脳を持っていた」というものである。つまり、「忘れっぽい民族だけが文字を必要とした」という考え方だ。これって脳科学的に考えてどうなんだろ。少なくとも文字を必要とする私には理解を超えている説だ。
12月28日(日) ペルー
▼ 午前、国立人類学考古学歴史学博物館へ。午後は「昨日理解できなかった『旧市街』をもう一度」と、サン・フランシスコ教会(修道院・カタコンベ)やサント・ドミンゴ教会などを訪問。あんなにたくさんの頭蓋骨を見たのは初めてだ。カタコンベには見学できる場所(地下1階)だけで2万5千体分もの人骨があるらしい。ディナーは「コスタ・ベルデ」でサンセットを見ながら。
▼ さて、これからリマ空港に向かう。 ペルーの旅は終わった。今回訪れてみて、私はペルーという国をひどく誤解していたことに気づいた。大使館事件やフジモリ政権失脚などによって、私には悪しき印象が植え付けられていた。しかし、どうだろう。この国のイメージはいわゆる有名な遺跡だけが先走っているが、ほんの近代まで南米の中心地だったわけだし、それに街のあちこちは植地時代の複雑な歴史が刻まれている。そして、優れた自然資源や産物、美味しい食べ物、入り組んだ気候と雄大な自然。そして何より、住む人々の優しさと力強さがそこにはある。ほんの一週間の観光旅行でペルーの何を知ったつもりになっているのか、と言われれば返答に窮してしまうが、しかし、私の中ではペルーの印象は大きく変わった。
▼ 思えば、小学生の頃、「行きたい国はどこか」と訊かれると、私はきまって「ペルー」と答えていた。そして今33歳になってその夢が叶った。幸せだ。今ふたたび、行きたい国は、と訊かれれば、ペルー、と自信を持って答えられる。そんな魅力が満載の国だった。
12月29日(月) アラスカ
▼ リマ → ニューアーク → シアトル → アンカレッジ → フェアバンクスと、24時間以上もかけて怒濤のように飛行機を乗り継ぐ。空から見るカナディアン・ロッキーはアンデス山脈とは異なる猛々しさだったし、アラスカ湾を覆い尽くす流氷は自然の峻厳さを見せていた。
▼ フェアバンクスから、さらに2時間弱ほど車で山中に入り、はるばるチェナ(チナ、Chena)村までやってきた。ここで泊。
▼ 飛行機の中では暇だったので、大量に持ってきた論文(すべてNicolelisらの報告)を通読する。今回あらためて精読してみて、彼らのdecodingに関する解釈には危うさがあるなと感じた。ただ、前回のロンドン旅行のLaurentの論文でもそうだったが、同じ研究グループの論文を一気にまとめて読むと、研究の進展が手に取るようにわかって楽しいし、また、「良質な論文」というのは何度読んでも新しい発見があっていろいろな意味で勉強になる。
▼ ブルーバックス「記憶力を強くする」が増刷になった。これで第14刷、延べ12万8千冊。こんなに読んでもらえるなんて感激だ。内容のすべてを自分で書いた唯一の本だけに余計に嬉しい。
12月30日(火) アラスカ
▼ チェナ村は人口70人。電気は自家発電、電話は無線のド田舎。ネットをつなげるのに一苦労。ようやく日記を更新できるようになった。
▼ 妻はアウトドア派。犬ぞりなどを楽しんでいる。一方の私はのんびり室内で仕事など。ここでは時間がゆっくりと流れている。
▼ 真昼でもこの明るさだ。撮影すると自動でフラッシュが入るくらい暗い。そして夜の訪れも迅い。写真に撮っている池は温泉水なので凍らない。
▼ そう、チェナ村の魅力といえば「温泉」なのだ。しきりに雪が舞い降りる露天の岩風呂はまさに極楽そのもの。思わず時を忘れてしまう。
12月31日(水) アラスカ
▼ 今朝、夢を見た。そこではKN君が論文の仕上げに悪戦苦闘していた。私もガンバらねばと早起きして、ペルーの灼熱の砂漠の中で考えついた、spike
shufflingにおける制限付きモンテ・カルロ・シミュレーション用の複雑なアルゴリズム・プログラムをついに完成させる。
▼ 午前10時。まだ薄暗い中、セスナ機に乗ってホワイトマウンテン山地を越え北極圏に。私は副操縦席に座ったので、ちょっとだけセスナを運転させてもらった。そして、イヌイット原住民が生活するビーバー村(人口約80人)に降り立つ。
▼ 気温マイナス35℃。まつ毛や鼻の穴は凍り、息も吸うだけでムセるほどの極寒だ。村のはずれからユーコン川(北米で2番目に長大な河川)を覗けば、凍てついた空気が白く見える(もちろん川の水は完全に氷結している)。デジカメだって温めながら撮影しないと作動しない。でも、地元の人に聞けば「今日はなぜか暖かい」らしい。実際、「今朝は冷下50℃だった」と言う。
▼ 12時すぎ。ユーコン河の川辺に来たとき、ちょうど日の出を迎えた。今日の日照時間は25分だという。つまり、厳密に言えば「Sunrise
兼 Sunset」である。日の高さは驚くほど低い。
▼ ここでは原住の人々がいまでも狩猟をしながら生活している。セスナ上からも何頭か見えた「ムース」という鹿のお化けのような動物(大きいものでは体重1トンもあるという)やクマなどは格好の獲物らしい。
▼ 昼過ぎにチェナ村に戻り、心地よい温泉につかって一息。そしてまた仕事。
▼ チェナにやって来てから3日間ずっと雪だったのだが、夜になると雲がすっと退き、抜けるような星空が顔を出した。と、同時に美しいオーロラが舞い始める。
▼ オーロラを見るのは初めてではない。 が、こうして間近で繰り広げられるファンタジーから受ける感銘は筆舌に尽くしがたい。圧巻である。幽玄な光の乱舞に見とれ、ふと気づけば、新年が明けていた。2004年か。うん、良い年になりそうだ。
= 年末番外編 =
▼ オーロラの写真。23時半頃にオーロラの光がピークを迎えた。頭の真上で光のカーテンがはじけ飛ぶ様子は感動的で鳥肌すら立つ思いである。あるモノはうねり、あるモノは突如出現し、あるモノは隣のカーテンと融合し、あるモノは高速に平行移動する。プリズムの爆発。五秒もたてばまったく違う形になってしまうのだ。目の当たりにした人は誰でも感嘆の声をもらしてしまうだろう。自然が作り上げる芸術はあらゆる美を凌駕している。
▼ 掲載した写真(←色調を変えてある)は、安価なデジカメで撮ったものなのでわかりにくいけれども、実際に私が見たオーロラは虹色に自在に変化していた。色つきのオーロラが見える夜はあまり多くないらしいので幸運だ。
▼ ちなみに、オーロラを面白がってめでるのは、世界でも日本人とドイツ人だけだそう。なぜだろう。こんなに美しいのになあ。
(2003年)