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2月1日(日)
▼ 午前、KN君の論文を仕上げる。データのほうも揃った。さあ明日投稿だ。
▼ ちょっとだけアパートの裏手にあるハドソン川沿い公園のほうに散歩に行く。そこで撮ったデジカメ映像(←約6Mbもあって重たいけど)。意外と川の流れは速いようだ。
▼ 午後は夏前までの旅行の計画を一気に立てる。Rafaからは「ガヤはいつでも好きなだけ休みをとりなさい」といつも言われているのを真に受けて、(こんな機会は留学中だけだと思い)よく遊ばせてもらっている。今年もいろいろと夢が叶いそうだ。その後は英語の勉強。
▼ もちろん夕方からはスーパーボールのTV観戦。アメリカ人にいわせれば「今日は世界中で10億人が一斉にテレビ観戦しているはず」とのことだけど流石にそれは言い過ぎのような。試合内容は(私の素人目には)ペイトリオッツが組織力・戦略・個人技のすべてで上回っているように見えたが、第4クォーターでのパンサーズの攻撃の集中力が素晴らしく緊迫した好ゲームとなった。勝敗の行方は試合終了4秒前に決まった。さわやかな感動をもらった。


2月2日(月)
▼ 暖かい。気温が0℃を超えたのは何日ぶりだろう。
▼ 朝はBoazとJiangの研究報告。Jiangが第二高調波発生(second harmonic generation)の原理を数式を使って詳しく説明してくれた。私もちょうど一年前の今ごろはBoazと共に(1ヶ月半ほどの期間)このテーマに取り組んでいた。にもかかわらず、実は原理の深いところを理解できていなかったことに今さら気づいた。アホだ。まあ、先日の論文はショックだったけど、ここ最近テクニック面で大きなブレークスルーがあったので、ここはぜひNatureを狙って欲しい(通ると思うのだが)。
▼ 昼は先日メトで偶然お会いした小川俊郎さん(こんなも書いている)が訪ねてきてくれたのでお昼をご一緒する。おもわず一時間半ほど話し込む。
▼ 午後はデータ解析。
▼ Neuroscience誌から審査員の要請を受ける。一般に引き受けるのが礼儀とされているが、さすがに分野が違いすぎたので別の人をsuggestして辞退する。にしても、Reviewerを何度やってきたかもはや数え切れないが、なぜか「神経細胞死」の論文ばかり。電気生理学や苔状線維あたりの審査をしてみたいものだ。
JP。タイトルにある通り、ラット前頭前野から急性単離した錐体細胞のNMDA応答がgroup II mGluR刺激で上昇するという内容。まあ、これが統合失調症(schizophrenia)を視野に入れた実験であることは一歩ゆずって認めるとしても、「シナプス内のNMDA受容体が促進されて、外のは抑制されるからsignal-to-noise ratioがあがる」という議論はちょっと詭弁チックかも。それにしても、なんでわざわざ手間のかかる急性単離細胞を使っているんだ?


2月3日(火)
▼ 今年初めての雨らしい雨。雨の景色を見るのは好きだけど、通勤中に濡れる。雪のほうがそういう意味ではよいのかも。
▼ 午前、実験。午後、データ解析
▼ 夜はメト。曲はムソルグスキー作曲の「ボリス・ゴドゥノフ」。この曲は私が選ぶ世界三大歌劇の一つだ(残りの二つはトリスタンとペレアス。ホントはヴォツェックもここに入れて四大歌劇としたいけどドイツ系が二つになってしまう…)。実際、かのゲルギエフも「オペラの最高傑作」と絶賛している。それほど魅力に溢れた曲なのだ。出だしを数分聴いただけでもいかに独創的なオペラかがわかるだろう。今日は演出が保守的だったので安心して観ていられた(つまりメトらしく豪華でカネが掛かっている)。演奏もなかなか良かった。もちろん原典版を使用。歌手陣もジェームス・モリス(James Morris)をはじめ、脇役のイリーナ・ミシュラ(Irina Mishura)、セルゲイ・ラリン(Sergej Larin)、ウラジミール・オグノヴェンコ(Vladimir Ognovenko)までがみな質の高い声&演技だった。
PNAS。今ごろになってGoldman-Rakicの名前の載った論文が。もちろんコレスポは彼女ではなくWang氏が取っている(ただ内容を見るにつけ本来はWang XJがラストの論文ではないかと)。三種の介在神経をちょっとばかし本物っぽく組み込んだrecurrent networkモデルでworking memoryをシミュレーション。うーん、今ひとつ結果の新規性が飲み込めない。
PNAS。こちらもinterneuron関係の論文。海馬スライスCA3でmultipatch。持続的にactiveな内因性カンナビノイドがmossy fiber-associated interneuronの「出力」をマスクしているという論文。本文にも書かれているようにこのミュートがOffになる機構が解ってくれば面白くなりそうだ。
CC。視覚野の組織培養。interneuronのparvalbumin発現に視床からの神経入力とTrkBシグナルが重要だという論文。共培養法を利用している。この論文、面白いだけでなく、(単純な薬理実験だけど)データがわりと堅実だし、プレゼンも上手い。それはアプストにも伝わってきている。こんな論文を書きたいなあ。
CC。barrelの一部を破壊して、そこからの機能回復をみる実験。データのNCAMがどうのこうのって以前に、こういう実験系ってホント重要だと思う。将来的には物理的破壊ではなくNeurotoxin系や超局所虚血などで同様な実験ができるようになればもっと展開が開けるはず。


2月4日(水)
▼ 早朝からずっとデータ整理。Unit解析などをやっている人なら解ってもらえると思うのだが、この手の解析は結局は手作業。どんなに優れたプログラムを組んだところでやはり解析するのは人間である。ひじょーーーに手間のかかる作業を延々と繰り返す。私の場合は同時に1000以上ものニューロンから同時記録するのでたった2分間のデータでも気の遠くなる作業を余儀なくされる。こうした単純作業は苦痛であると同時に、どんなデータが出ているのかともっともワクワクする作業でもあることは言うまでもない。とりあえず明日までにはなんとか昨日の実験分のspike抽出を終わらせたいな。でないと腱鞘炎になる。
▼ どうやらボストンが同性愛のメッカになる可能性がいよいよ高まったようだ。記事はこちら
Nature。逆走ミオシンの作製。スゲえ。まさに蛋白ロボット。先週の浜ホトの論文といい、もはや人間はタンパク質の機能を自在に操れるようになったのか。
JN。NMDA受容体とドパミンD1受容体がそれぞれのC末を介して相互作用しているという話。Interactionする部位のmini-geneを使って、この相互作用がNMDA受容体刺激によるD1受容体の膜移行に必須であることを示している。Liuは有名なこの論文以降、こうした受容体同士の直接的な相互作用の解明を手がけている。
JNP。SDラット皮質。RH-795でvivoイメージング。どうやら脳ムキ出しでの実験のようだが心拍ノイズを上手く克服している。GABAA受容体阻害薬によって惹起されるてんかん様発火のinitiationをモニターしている。自分の実験結果を考えるとinitiation siteがドリフトするデータはやはり面白く感じられる。
JNP。McNaughtonラボ。海馬CA1と歯状回からprincipalとinterneuronを分離してunit記録(←スパイク幅で分離可能)。ラットが新規な環境に入るとCA1のinterneuronの発火率が落ちることはすでに同ブルークが報告しているが、今回の論文では歯状回のinterneuronは発火率が逆に上昇することを示した。いずれのinterneuronにも錐体細胞で見られるようなphase modulation(シータ位相歳差phase precessionなど)は生じないらしい。
JNP。P6-9麻酔下ラット歯状回LTP/LTD。幼若ラットの歯状回では同じテタヌス刺激に対してLTPを起こしたりLTDを起こしたり何も起こらなかったりと現象が不安定。そこで例数をこなしてその分布を調べたというのがこの論文。うーん、微妙だ。
JNP。読んでいないけどTsodyksの新しい論文なので念のため。


2月5日(木)
▼ 今日も朝からずっとデータ解析。
▼ 途中RafaとのMeeting。先週発見した変な(?)現象を見せたら、Rafaも驚いていた。「Layer5の機能の概念がひっくり返るな」と。vitro大脳生理学者の皆さんがこれまで主張してきている皮質第五層の役割は単に「実験的に強制された異常な“てんかん”様状態」を調べて考察しているにすぎないのではとさえ思う。
▼ ともかく新しい手法の実験は何をやっても必ず新たな事実が拾えてきて興奮の連続だ。要はデータの解釈と真実を見抜く目が肝心なのかな。あ、あと数学のセンスも必要かも。とりあえずRafaからはMcCormickの論文を読むようにとサジェストしてもらった。もちろん、この論文は以前に読んだことがあるが、もう一度昼休みにでも熟読しようとしたら昼前に、待っていた返事がScience誌から届いた。
▼ 再度要改訂。でも些細な点のみだ。Buonomanoの論文と一致しない点をつっこんできている。うーん、藤沢くんの手持ちデータを見せれば一発で解決しそうなのに。。。Buonomanoは正しい。でも、いつもで正しいわけではないことはSF君は知っている。ちなみにこの論文は去年のYuste研でのJournal Clubで私が取り上げたものだ。なにか因縁めいたものを感じる。そういえば、あの時はRafaは論文のことをメタメタに言っていたような気がするな。「気がする」と書いたのはあの頃はまだ英語がよく聴き取れなかったからである。
▼ というわけで「明日にでも投稿するぞ」というRafaの勢いに押されて、午後は論文の直し。
Science。あら、またGoldman-Rakicの名が。昨年のSFN学会でWangさんが丁寧に説明してくれた実験だな。前頭前野のD1およびD2受容体の役割の違いについて論じた論文。いわゆるpersistent activityはD1アゴで抑制、一方saccade-related activityはD2アンタゴで抑制される。澤口俊之先生によって口火が切られた一連のドパミン研究はこの論文で終了というわけだな。最初も最後もScience誌とは粋だ。ちなみに、私の論文のAcknowledgementにも彼女の名前が入っている。
Science。酵母のgenetic network解析。いよいよスゴくなってきたぞ、この分野。1000種の遺伝子相互作用の解析だから、ある意味、私の実験に似ているかも。
Cell。利根川ラボ。いつものように高度な(体力勝負な?)テクで遺伝子をいじり学習能やらLTPやらを調べている。今回は前脳特異的にMEK1のドミネガを強制発現させたマウス。もはや私にはスゴいのかスゴくないのか判断できない。
Neuron。Pooラボ。筆頭はたぶん高橋研にいたあの小林克典さんだと思う。海馬CA3。MF刺激と組み合わせることでACのLTPが誘導されるというもの。こう書くと単なる連合LTPかと思ってしまうが、見たこともないような風変わりな誘導プロトールを使っている。Burst内の刺激のOverlapをACとMFで少しずつずらしているのだ。うーん、これがNeuron誌に値するのか否か判断に苦しむところだが、単なるcurrent injectionよりも苔状線維入力の方が効率がよいというのは面白い。MTさんの論文もちらっと引用してもらっている。とりあえず薬作CA3軍団は必読?
Neuron。宮脇敦史ラボから。インテグリンを介したアストロ−ニューロンの異種接着、これがPKCシグナルを神経全体に走らせてシナプス形成を促すというデータ。ただニューロンのどこにコンタクトするのが重要なのかはいまいち不明。工夫されたmicroisland培養法がこの実験を可能にしたといって良いだろう。アストロサイトの可視化の方法もこのラボらしくて好きだなあ。


2月6日(金)
▼ 早朝からRafaとともにずっと論文の直し。審査員はすでに一人に減っていたので改訂が必要な箇所も少なく、昼にはなんとか再投稿に漕ぎつける。表紙用のイラストも併せて投稿。僕とDmytryiで合わせて6つイラストを作ったけど、Rafaの気に召したのは2つのみで、それを投稿した。
▼ Rafaの書いたeditorへの手紙をみたら、編集部のレスが遅いのをちょっと怒っているようだった。今回ブツブツと文句を言ってきた審査員はたぶんAertsenか、もしくはMerzenichだろうということで二人で意見が一致。実験内容を深く理解しているところみるとたぶんAertsenだろうな。
▼ 午後はデータ整理。解析プログラムも2つほど書く。そして夜には1265個(!)の神経細胞から同時モニターされた32分間(!)の活動記録(自発発火)が完成。 こんなラスタープロット(神経活動の時空パターン表のこと)を見たのは間違いなく私が世界で最初の人間だろう。っていうか、脳スライス一枚分のデータを解析するだけ何日掛けてるんだ俺。まだまだ先は長い。。。さてと、これからどうやってこのデータを料理していこう。良いアイデアを持っている人がいたらぜひ教えてください。
▼ 夕方はBoazの論文紹介。例のSHGの論文だ。顕微鏡やレーザーやカメラの性能やS/N比など我々の設備との比較から、実験データに直接関係するところまで、皆で詳細に論じた。
▼ 正月休みにアラスカで出会ったオーロラによほど感動したらしく、妻はもう一度見たいと、今度はアイスランドに出かけていった。つまり今日からまたプチ独身。インスタントラーメンの日々だ。いや、学生の頃は毎日料理をしていたのだけど(←少なくとも自分ではかなり得意のつもりだった…)、でも一度やらなくと面倒になってしまう。折角だから日記の読者から教えてもらった「マグロ刺身マヨネーズ和え」作戦でも試してみようかな。
▼ ボストンで乗継ぎをしている妻から電話があった。「フェルメールの『合奏』を観ようと、わざわざイザベラ・スチュワ−ド・ガ−ドナ−美術館まで出向いたのになかったのよ」とのこと。とうの昔に盗難にあっていたのかあ。これ、有名な話らしいんだけど私はぜんぜん知らなかった。そういえば去年盗まれたダ・ヴィンチの絵画はその後どうなったのかな。


2月7日(土)
▼ 今日は朝から夕方まで英語の勉強。せっかくアメリカに渡って英語を勉強したんだから、その「奮闘記」を本にでもしようかなと思っている。内容は8月1日の日記に書いたものの延長線だ。たぶん夏か秋くらいに講談社から出版される予定。文章自体はほぼ書き上がった。だれか査読してくれないかなあ。
▼ 夜は薬作関係の仕事。それにちょっと趣味のプログラム。これは来月末に行われる予定のちょっとしたイベント用のものだ(一応、脳関係)。
▼ 天気情報を見ると今日はレイキャビックは珍しく晴れているようだ。オーロラは出ているかな。
▼ どうやらレノックス・ルイスが引退するらしい。まだチャンピョンベルトを保持中でなかったっけ?


2月8日(日)
▼ 午前、インタビュー記事のゲラチェック。しかし、なんだな。糸井さんから「テープ起こしをするとしゃべった言葉がそのまま文芸作品になるくらい芸術的な文章になっている人がいる」と聞いたけれども、私の話し言葉はめっちゃひどい。文の組み立て方がなっていない以前に、まず内容が支離滅裂。。。かなりショック。
▼ 午後はSF君の論文。思わず影響されて「アキレス最後の戦い(Achilles Last Stand)」などを聞きながらやってみたり。うむ、好きな曲ではあるんだけど、私にはやはりクラシック音楽のBGMのほうが仕事がはかどるかも。
▼ 夜は確定申告。Form8843やForm1040-NR-EZやY-203など。そもそも日本語でも大変なのに、英語だとさらに専門用語が意味不明。税金のシステムが複雑なのはどの国でも同じだろうが、ただし今回やってみた感じだと、とりあえずアメリカのほうが手続きが楽なような気がする。
▼ shimaさんが「(ガヤのような人間は?)買って損はないと思う」とを推薦しておられるので、これはぜひ購入してみようと思う。ただアメリカではこの手の訳本は若干入手しにくい。ネット購入かな。
▼ ところで身の回りを見ると、科学者には無神論者が多いように感じる。彼らの言い分はひどく単純に見える。「物理法則に矛盾している」「化学反応としてありえない」「科学的に証明できない」などなどだ。つまり考えるのがメンドクサいだけなんだろうと思う。私も今のところ無宗教主義だが(ちなみにアメリカ人にこの「無宗教」という感覚を理解してもらうのは非常に難しい。日本人はむしろ節操のない多宗教民族だと思われているようだ。いや実はそれが正解なのかも)、必ずしも「神が存在しえない」とは思ってはいない。神は脳が作り上げるものであるからだ。つまり「存在」とは脳にとってどういうことかいう問題だ。(わかりやすく喩えれば、仮に現実にはありえない奇抜な夢を見たとき、その夢は実在するのかしないのかという話だ。もちろんその夢も幻影も脳に存在したのである。脳の認知、それが存在のすべてなのだ。ちなみに、私の脳の中には残念ながらまだ「神」は存在しないようだ)。そもそも有史以前から人類はつねに宗教を持っていた。もちろんこの意味での宗教には必ずしも「偶像崇拝」は含まれていないのかもしれないが、しかし、動物園の(奇妙な)サル山体系を指さして「あれは宗教ではなはい」と完璧に説明できる人が世の中に何人いるだろうか。


2月9日(月)
▼ 午前はRochelleの研究報告。いきなり胸元が大胆に開いたタンクプトップ姿でプレゼンを始めたので視線のやり場に困った。いや、その通り、映写スライドだけに集中してればいいんです、はい。にしても、見せといて、いざ実際に見るとセクハラで訴えるんだから変な国だ。さて、肝心の内容だが。。。ん、やはりよく覚えてない、いかん。とりあえず、位置と形態から皮質神経細胞をクラスター解析して、それでcortical microcircuitの機能と構造を予測するという研究だ。そうえいばぜんぜん話は飛ぶけど、2月1日のスーパーボールのハーフタイムショーで胸を露出したジャネット・ジャクソンと、これを生放送したテレビ局がともに訴訟されたけれど、どうやら訴えたのは一視聴者のようだ。こんな訴訟スタイルはやはりアメリカっぽいなあと感じるとともに、その一方で、この決定的瞬間の画像が観たいのか、キーワード検索のあった件数がネット史上最高値に達したというから、これもやっぱりアメリカだな。まあ、そんなこんなで昨日のグラミー賞授賞式は生では放送できなったらしい。
▼ おっと思わずムキになって長くなった。
▼ 午後はデータ解析。
▼ 夜、妻が帰ってきた。オーロラは暗いのしか見れなかったのが残念だったらしいけど、澄んだ空気、美しい大自然、ブルーラグーン(bluelagoon)というその名の通り青色の露天風呂。満足だったらしい。本人いわく「美容美容、綺麗になって帰ってきたでしょ?」。。。ところで、これって世界的な名泉に挙げられているけど、じつは人工温泉じゃなかったけ。
▼ ニューヨークの吉野家は牛丼を出し続けるそうでよかったよかった。以前、吉野屋の牛肉はアメリカ産じゃなくてホントはオーストラリア産だとかいう聞き捨てならない噂を聞いたが、あれはガセだったってことだね。まあ、あの脂身の具合はアメリカ産だよな。結局はあれが旨みの秘訣なんだから。吉野屋ファンの私。
▼ 今日のニュースによるとKandelが物理学者Fred Kavliの基金から多額の研究費を獲得したらしい。これはビッグニュースだ。つまりコロンビア大学を「生物系ナノテク」のメッカにしようという目論みなのだ。当然、Yuste研もその恩恵にあずかって、もともと金巡りが抜群だったこのラボがさらに潤うことに。必要以上にもらっても使い切れねえっつうに。やはりカネってやつは一極集中するようにできてるんだなあ。まるで分子の自己凝集ダイナミクスのように。ちなみに私はその技術的恩恵にあずかる前に帰国の予定。


2月10日(火)
▼ 午前、実験。午後、データ整理とちょっと英語。
▼夜はリンカーンセンター。映画好きなら誰でも知ってるジョン・ウィリアムズ(John Williams)。彼がニューヨークフィルハーモニー管弦楽団の本拠地に指揮デビューするとあっては聞き逃せない。あまりの人気ぶりにいつもの$10学生券がないという話だったので、数週間前に$27席のチケットを購入しておいた(最上階の一番隅の席しか残っていなかった…)。もちろん演目はウィリアムズ自身の作品。有名な「ロサンゼルス・オリンピックのファンファーレ」で幕が開けると、「ハリーポッター」、「ET」、「スターウォーズ」、「未知との遭遇」、「JFK」、「シンドラーのリスト」などなどよく知った音楽が次々にリストを飾る。もともとアメリカのオーケストラはこういう曲を演奏させると抜群にうまい。それが世界のNYフィルとあっては感激だ。会場は大白熱。
PNAS。アルツハイマー病でなくなった患者の脳を凍結。何年か(ここでは最高9年)保存した後、その細胞膜をXenopus(蛙)の卵母細胞に移植(Microtransplantation)しても膜受容体やチャネルの機能が復活可能だという話。表面的なセンセーショナルさよりも、これは技術として重要。たとえば原因不明の病気でなくなった患者の細胞を凍結しておけば時間と場所を越えて研究することができる。場合によっては何十年後の研究に役立つかもしれないのだ。ところで講演スライドじゃないのにこういう図1ってあり?まあわかりやすいからいいか。


2月11日(水)
▼ 朝から夕方まで解析プログラムに没頭。3つ書き上げる。うち一つは大きなもので、これを使って解析されたデータは次の論文で重要なパートを占めるはずだ(希望)。
▼ 夜はカーネギーホール。ピアノ・内田光子&指揮・ブーレーズ&クリーブランド管弦楽団。曲はラヴェルの「ピアノ協奏曲ト長調」やメシアンの「異国の鳥たち」など。NYに来てから内田光子、ブーレーズ、クリーブランド管はそれぞれ三回づつ聴いているが、この三者が一堂に会するコンサートを聴くのは初めてだ。感想は書かずもがな。この組み合わせで悪い演奏になるはずがない。まあ欲を言えば、ピアノ協奏曲の1と3楽章は彼らならもっとできるような気がするのだが、2楽章とメシアンは文句なしに素晴らしかった。あと、メインで演奏されたバルトークの「中国人の不思議な役人」が、これまた最高のアンサンブルを聴かせてくれた。席が最前列だったので、ホール全体に音が融合される前に直接耳に届く感じだったのがちょっと残念だけど、演奏そのものが良かったのでまあ満足かな。
Nature。左脳と右脳の話(?)。ハエ(Drosophila)の脳で右側にしか存在していない特殊な部位がみつかった。「asymmetrical body(非対称体)」と名付けられたその部位は、しかし、すべての個体にあるわけではなく、全体の7.6%のハエにはなぜか両脳に存在しているという。こうしたハエでは長期記憶の能力が低かった。だが一言いわせてもらおう。今回の発見を帰納的に汎化した「脳の非対称性は記憶の書き込みや呼び出しに重要である」というこの論文の結論は間違っている。なぜならMRIで調べたところ、少なくとも私の脳は、前頭葉は右側が圧倒的に大きく、逆に側頭葉は左が大きかった。恥ずかしいほど非対称だ。そして、私の記憶力が人並み以下であることは周知の通りである。
JN。ラット麻酔下。ヒゲを刺激してバレル(barrel)の1、5層でblindパッチ記録。第一層のdeeper-layer-projectingn euronsは第5層よりも受容野が狭く反応がシャープ。また、第5層錐体細胞は細胞体よりも第1層の樹状突起のほうが反応が早く、刺激から5〜7秒の潜時で情報が入力されるらしい。Layer Iに関する従来の知見を一部覆すほどの知見なのだが、これが一般的なものなのかbarrelに特有な現象なのかは今後の展開を待たねばなるまい。
JN。Sakmannラボから二光子カルシウム測定。プレ&ポストを同時に可視化しシナプスを同定してから記録。あいかわらずスゴいが、なんというか技術賞的な論文。


2月12日(木)
▼ 午前、実験。L5刺激実験の例数揃う。でもデータ解析に着手できるのは来週以降か。
▼ 午後、データ解析プログラミング。
▼ 夕食は妻の大学友人とOllie'sで。
▼ 夜はリンカーンセンター(エイヴリーフィッシャーホール)。マゼール指揮&NYフィル。一般にオーケストラは本拠地でなおかつ主任指揮者が指揮をするときがもっとも統率のとれた良い演奏をする。その意味では今のNYフィルはエイヴリー・フィッシャー・ホールでマゼールが指揮をするコンサートがやはり最高だ。演目は前半はブラームスの「ピアノ協奏曲第一番」、後半はワーグナーの序曲&前奏曲集。「タンホイザー序曲」が好きな妻にぜひ生演奏で聴かせたかったのが今日の目的。つまり前半はオマケみたいなもの。実際、私はあまりブラームスのピアノ協奏曲第一番の良いリスナーではない。2番は好きなんだけど、1番は普段からなんとなくあまりCDに手が伸びない。しかし妻はこの曲が気に入ったらしい。ブラームスのよき理解者だな。作曲家が25歳の時の作品だと言ったら驚いていた。今夜は、最近ますます注目を集めるラルス・フォークト(Lars Vogt)がピアノを担当。CD&実演を通じて彼の演奏を聴くのは初めて。デビューしたての頃のリヒテルにタッチが似ているような気がする。 私と同い年で今33歳だというから今後が楽しみなピアニストだ。
▼ 「私の仕事は脳科学なんです」という話をするとよくこんな質問を受ける。「意識とは何ですか?心はどこでどうやって生まれるんですか?」と。そう聞きたい気持ちは理解できる。もちろん私には答えられない。だから私は次のように逆に聞き返す。「もし、科学が『意識』を解明できて、厳密に意識を定義できたとする。そうするとコンピュータを使って意識を模倣することができるだろう。もちろんその内部は高度な演算処理で支えられている。まるで本物の意識を持ったかのようなロボットができるわけだ。さて、あなたはそれが単なる精巧なロボットにすぎないことを知りながら、そのロボットを友人に紹介した。友人はロボットだとは気づかずに親友付き合いをし、そして、真実を知らないまま円満な一生を終えた。さて、そのコンピュータは意識を持っていたと言えるでしょうか」という話である。
▼ 一見すると単純な話だが、厳密に議論を始めようとすると急に話が複雑になる。ロボット科学は奥深い。まあこれは機会があったらどこかに書いていくとして、今日は違う視点から一言だけ。この問題は脳科学にとどまらず、心理、宗教、そして人種差別の問題も含んでいる。なぜ人種差別かって?それは明白。「しょせんアンドロイドさ」と見下しているのは「あなた」なのだから。差別ってやつはそうやって生まれていくものではないだろうか。ん?電気羊の夢をみるか、みたいな話だな。
Science。ヒトのクローン胚を作製し、さらにそこからクローンES細胞の作製に成功。今日はCNNNY TimiesWathington Postなど一般メディアでもトップ記事扱い。
Science。Bonniラボから。ミエリンが神経突起の伸長・再伸長を阻害していることは有名な話だが、Cdh1をRNAiでknockdownさせると小脳顆粒細胞の軸索がその妨害を乗り越えて過剰伸長することを示している。slice overlay assayの手法も使われている。この論文の内容はすでにここで一部紹介されていた。
Science。神経堤幹細胞(neural crest stem cells)ではWnt/s-cateninシグナルが(増殖能よりもむしろ)細胞運命を制御するらしいという内容。


2月13日(金)
▼ 午前、データ解析。午後、Rafaへのレポート書き。
▼ 夕方はJiangによるSPIE Photnic Westの学会報告。CARS(coherent anti-stokes raman spectroscopy)やGRINレンズ(gradient index lens)に関する話題だけでなく、私にはあまりなじみのなかった話題(フォローできず…)から最新ナノ医学技術まで盛りだくさん。
▼ 今朝の新聞の一面トップはもちろん(?)サンフランシスコ市の結婚式。でも、むしろ私が気になったのは今朝妻が教えてくれた(数日前の)このWeb記事。弁当はコピー機で食えと。
▼ 昼にCNNを観ていたら珍しいことに日本のことが放送されていた。バレンタイン・デー特集だ。日本では「義理チョコ(obligation chocolate)という風変わりな風習がある」という内容だった。本来の意味から離れた「日本らしい文化だ」というけだ。TVのインタービューに答えていた女性は「一年間の感謝を込めて」と話していたが、これはまあまっとうな理由かな。ただ、「私だけあげないと浮いちゃうから」とか「義理チョコというより義務チョコ」みたいな本音っぽい感想も聞いたことがあるからやはり微妙だ。ちなみにアメリカにはお中元もお歳暮も年賀状もない。もちろん年賀状は必ずしも悪い習慣だとは思わないのだけど。
▼ 昨日のロボット話は反響が大きかった。そう、皆さんのご指摘の通り、これは突き詰めると「身体性と認知」というたぶん出口のない議論に発展していくのだ。とりわけ高校生(?)の方からいただいた一通には感心。また、「電気羊よりもむしろ鉄腕アトムが『そういう話』なのでは」というメールも、まさにその通りだ。私はあまりマンガを読まないのだが、でも手塚治虫さんは未来予見そして独自の哲学という意味でホントすごいと思う。ところで(っと、いつものように話は飛躍するが)、「火の鳥」のモデルとなったとされるケツァール(quetzals)という鳥、これはいつか野生のに出会いたいなあと思う。それにゴクラクチョウ(bird of paradise)も。


2月14日(土)
▼ 明日から金曜まで演奏会の過密スケジュールなので今日は休息日。妻は友人らとウッドベリー・コモン(Woodberry Common)に行っていたが、私は一歩も部屋から出なかった。
▼ というわけで早朝から深夜までずっとSF君の論文。さすがにちょとは進んだかな。キーワードは「自己連合回路、記憶デコード、スパイクの信頼性&正確性、そしてオシレーション」なのだが、私のこちらのラボでの仕事と深いところで密接に関連したりして書いていて微妙だ(表面上は全然ちがうんだけど)。


2月15日(日)
▼ 午前、自宅でSF君の論文書き。ちょっとだけ大学でも作業。
▼ 午後はカーネギーホール。ブロムシュテット指揮のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(旧アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団)でモーツァルト「交響曲第41番(ジュピター)」とブラームス「交響曲第1番」。クラシック音楽愛好家にとって一つの命題がある。「世界三大オーケストラは何か」というものだ。つまり、ウィーン・フィルとベルリン・フィルの突出した二大オケを別格とすると、「じゃあ、それに続くオケはどこなのか」という話だ。人によって意見や好みは様々だろうが、私はコンセルトヘボウこそが世界三大オケにふさわしいと信じている(たぶん賛成してくれる人も多いと思う)。ただ私は録音でしか演奏を聴いたことがなく、今日は実演でそれを確かめたかった。結論から言えば確信は間違っていなかった。コンセルトヘボウの音は渋い。一聴すると地味な印象なのだが、実のところどこまでも味わい深いのだ。このところ聴き慣れたアメリカのオケとはやはり違う。近年は世界のオーケストラの個性が薄れたと言われているが、それでもまだ「ハリウッド映画と欧州映画の差」くらいの差異はあると思う。個人的にはウィーンフィルの音質が大好きなんだけど、コンセルトヘボウはそれについで私の好み。クラシックの王道を行っているといった感じだし、なによりもオーケストラはこうでなくっちゃという説得力がある。ブロムシュテットの指揮は予想通り中庸をいく演奏。冒険はしないが安定した名演を聴かせるのが彼の強み。にしても「ジュピター」も「ブラ1」もすげえ曲だわ。前者の卓越した対位法は爽快(曲の構造もソナタ形式の神格化!)だし、後者に込められた情熱も並ではない。
▼ 帰宅途中にはColumbus Circle Galleryのエディーさんを訪ねて、念願だったミロのリトグラフを入手。
▼ 完成したばかりのモール「ショップス(The Shops at Columbus Circle)」で安ワインを購入。夜はチーズを合わせながら楽しむ。妻と昔のアルバムなどを見ながら。
▼ 仕事中ラジオからヴィヴァルディーの『四季』が流れた。だれでも知っている名曲。でも「夏」の部分はどうしてあんなに気怠く陰湿のだろう。ふつう「夏」といえば、太陽だ、海だ、プールだ、向日葵だ、かき氷だ、と元気いっぱいなのに。不思議だ。
▼ そう考えたら『枕草子』の冒頭「春は曙」という感覚も普通じゃないかも。だって春の朝って。。。「春眠暁を覚えず」とも言うくらい大抵は無視されるものではないだろうか。それに「春」といえばふつう桜では?(今だと卒業とかも)。まあ、こうしたフツーじゃない芸術的なセンスをもっていたからこそ後世に残るのは理解できるのだが、でも、きっと清少納言はちょっと斜に構えた一筋縄ではいかない偏屈オバちゃんだったのは間違いなさそうだ(?)。あ、でも、もう一つの可能性もある。「春は曙」は枕草子の冒頭−−つまり「単に気合いが入っていた」という説だ。ウェブ日記でも書き始めはだけは妙に気合いが入っている人は珍しくない(むろん私も例外にもれず)。ちなみに高校時代に枕草子のほぼ全節を原文&現代語訳で(すくなくとも通算三回は)読んでいるのだけど、後半のほうも気合いが入っていたかどうかはまるっきし覚えていない。


2月16日(月)
▼ データ解析とレポート書きなどで一日が過ぎる。レポートはほぼ終わった。
▼ 昼は大学の近くにあるスーパーマーケット「Fairway」に初めて行ってみた。たしかにこの近辺では一番大きいかも。品揃えも豊富だし。でも妻はゼイバーズの方がいいと言ってた。総合点ではその通りだ。
▼ 夜はカーネギー。ジャン・イヴ・ティボーデ(Jean-Yves Thibaudet)のピアノでショパン&リスト&サティー&ドビュッシーの小品など。ティボーデを聴くのは2回目だが、全体的に今日の方が良かったかな。どの曲もそつなくまとめていて無難なんだけど、ただ、ショパンなんかは私の好みの演奏ではないなあ。ドビュッシーはまあまあなんだけど。でも演奏の深みという点ではまだまだ物足りない。今後に期待。
N。SDラット急性水平切片から同時多点場電位記録。entorhinalおよびperirhinal皮質はそれぞれ独立にてんかん焦点(の候補)を持っているようで、両者の相互結合が全体の同期を引き起こすという内容。


2月17日(火)
▼ 午前、実験。40分間以上の連続ムービー。PCキャパ限界。午後はデータ整理。
▼ 夕食は「スパークス(Sparks)」というステーキ屋で。実はNYでステーキを食べたのは初めて。期待以上に美味しかった。
▼ 夜はカーネギー。今夜はルネ・フレミング(Renee Fleming)、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(Anne Sofie Von Otter)、マチュー・ポレンツァーニ(Matthew Polenzani)、ルネ・パーペ(Rene Pape)というそんなのありかよってくらいの豪華メンバーでシューベルトの歌曲集。しかもピアノ伴奏はジェイムズ・レヴァイン(James Levine)ときた。ところでクラシック音楽愛好家はシューベルトを容認できるか否かで大きく二つに分類できるように思う。シューベルトという作曲家は音楽界に特になにか新しい進展や革新をもたらしたわけではない。彼がいなかったとしてもおそらく音楽の歴史には影響なかったであろう。その意味での存在意義はほとんどないように思える。にもかかわらず私の実生活にはまちがいなく必須な作曲家だ。ただただ美しい珠玉の音楽。心に積もった埃を取り除いてくれる。わずか31年の生涯で作曲された1000近くもある曲たちは、どれもそんな浄化作用のある音楽なのだ。そのありのままの姿を心地よく受け入れられるか、それとも単なる退屈な曲と見るかは聴く人の好みの問題。今日のコンサート帰り、見慣れたNYの街並みがなぜか新鮮に感じられた。
▼ RK君の論文がJ Neurosciから返ってくる。どっちつかずの灰色の返事。とりあえず対応できそうなところをきちんと対応して再投稿しよう。
▼ 森山さん、まったくその通り。ふだん考えている(でも私にはなかなかうまく説明できないような)ことを、整然と言葉にしてもらえるのは快感だ。ただ、こうした議論では(脳にとっての)「予測」とは何かを定義しないといけないのかも。可能性を削る(森山さんの言葉を使えば「絞り込む」とか「規制する」)という積極的な行動が「予測」というよりも、案外、他の可能性が考えられないという既定的過程の消極的結果が脳が行う「予測」という行動なのかもしれない、なんて思ったり。もちろん学校の国語の授業だったら一蹴されてお仕舞いという考え方だけど。あと、予測というからには「時間(軸)の内部表象」の考察も必要になってくる。。。これはかなり面倒な議論になってしまう。最近読んだ論文の中ではここら辺に具体的なヒントがあるのかな。
PLoS。サル運動野。「学習」によってその後の(同一パラメータを持つ)神経のencodingやdecodingの効率が向上するという内容(だと思うのだがきっとどなたかがblog上でもっと深く解説してくれるに違いない)。とりあえず、理論の上での「情報」の質が向上したところで、それがマクロな意味でどういった行動変化に還元(or 行動改善が予想)されるのかは私には良くわからないが、薬作で可塑性をやっている人(KN君あたり)は読んでおいて損はないだろう。
PNAS。ラット視交差上核スライス。グルタミン酸のspilloverで隣接するGABAシナプスが抑制される。アストロサイトによる細胞間隙の変化がこのspilloverの効率に影響を及ぼすことをデキストランや授乳中のラットを使って示唆した論文。言われてみれば当たり前なんだけど、これが実際に生理状況下でダイナミックに変動するとしたら面白い。ただし、この論文の手法の確度がどの程度なのかは不明。
PNAS。NMDA受容体依存性の可塑性に関係ありそうな遺伝子をdifferential analysisで釣ってきました、はい、という論文。
PNAS。分野は生化学なんだけれども、大脳皮質やCA3の神経活動にも応用できそうな内容。multistabilityを持つFeedback Loop回路を解析するための数学的手法を提示。Feedbackの強さが適度であると分岐(bifurcation)によって複数のアトラクター・ポイントが形成される。Bistabilityを生じない例として挙げられている図4はエルマン型ネットワークを髣髴させるし、いろいろと示唆に富んでいる論文だ(まだ発展途上っぽい感じだけれども)。ただし私にはデータのどこがヒステリシス特性(hysteresis)を表しているのかはいまいち不明。おそらくbiophysicsとしてのお話を面白く見せるために加えた牽制球的キーワードだと思う。
JP。interspike interval(ISI)の対数を取ることで、spike系列の時空パターンを論じられるとする論文。隣り合ったISI同士の相互情報量(mutual information )を使えば定量化も可能だという。こういうのってまだ誰も言ってなかったのか。単純な話だけにすぐに薬作でも応用できそうな感じだ。ね?SF君、KN君。
JNPも更新されているがパス。宮下研の論文もある。


2月18日(水)
▼ 午前&午後、データ整理。昼休みに抽出したスパイク時空系列をアニメに再構築するプログラムも書く。その新作プログラムで作ったムービーを一部(20秒間分)だけ公開。AVIファイル(←おそらく要ダウンロード。約1Mb)。これは大脳皮質(前頭葉の脳切片)からイメージング記録した個々の神経の自発活動の時空パターン。神経細胞の位置を灰色(1265個)で、発火した細胞を赤色で示した。
▼ ぱっと目には自発活動はランダムに見えるんだけど実際には隠れたルールがある。それが私の研究テーマ。脳は外部からの刺激がない状態なのに、なぜ(WHY)どうやって(HOW)どんな(WHAT)自発活動をするのか。従来の研究では、ヒトやサルやネズミに何らかの刺激を提示して、そのときの発火だけを調べている。それで本当に何がわかったと言えるのか、という話になってくるわけ。脳はいつでも元気一杯に活動しているのに。
▼ 夜はSF君の論文ほか。
Nature。タイトル通り「皮質(運動野)の錐体神経を一個を刺激するだけでラットのヒゲが動く」という論文。その内容が面白い。第五層の錐体細胞の発火はヒゲの動きのリズムをリセットできるし、第六層の細胞は(おそらく視床を介して)複雑なパターンの動きを誘導できる。ともに発火数は動きの潜時、発火頻度は動きの方向(と大きさ)として現われる。本文には書かれていないがField刺激だと運動の誘導効率が悪いのは抑制性もrecruitしてしまうからだろうか。
Nature。subventricular zoneの裏打ち構造「アストロサイト帯(astrocyte ribbon)」と名づけられた部位のアストロサイトが神経前駆細胞であることを突き止めた論文。嗅球顆粒細胞の供給元となっているかもしれない。アストロサイト帯は人間以外の動物にはないらしい。
JN。統合失調症(schizophrenia)のNR1のセリン897のリン酸化の度合いが低下しているという報告。
JN。Sakmannラボ。第4層spiny星状細胞のカルシウム動態。
JN。生きたままの人間の脳(運動野)でLTPやLTDが誘導できるのだが(たとえばこれなど)、この論文はLTP/LTDが学習でどう変わるかをみたもの。
JN。NCAMのconditionalノックアウト。空間学習と海馬シナプス可塑性。


2月19日(木)
▼ 今日も早朝から夜までずっとデータ整理に没頭。途中一時間ほどRafaと作戦会議。先日作った巨大なラスターを見せる。Rafaも面白がってくれた。「次のNatureの図1はこれだな」と。そして興味深いアイデアを提示してくれた。最近アイデア絞りに煮詰まっていたせいもあって、これは目から鱗だった。たしかにイケそうだ。大量に貯まったデータの整理がある程度すんだら、このアイデアを活かすために新規な非線形アルゴリズムを使ったプログラムを書こう。Rafaと話していて(フーリエ変換などを使わずに)周期性を見いだす特殊な演算方法を思いついたのだ。これからプログラム上でいかに具体化するかを練らねば。
▼ 夜はコロンビア大学のミラー劇場(徒歩3分)へ。ブレア・マックミラン(Blair McMillen)の演奏でベリオシェルシのピアノ作品。マックミランが「a landmark of late 20th-century piano writing」と讃えるベリオ作曲の「セクエンツァIV」。私も高校時代からこの曲が好きだった。今日の実演を聴いて(観て?)初めて「生身の人間によってホントに演奏可能なんだ」とようやく納得した。すげえ。あと「6つのアンコール」は今まで聴いたことはなかったが美しい曲だった。
▼ 帰宅後はSF君の論文(28か29日に投稿予定?)のイントロを書こうと思ったのだが、最近引き受けた連載(月刊)の文章を書く。〆切が来週だった(発行部数が100万部もあるというから手抜きはできん)。奥田さんの研究などを紹介する。
▼ 来週は私の文献紹介の担当(昨日のNature Articleでも取り上げようかと思っていたところ)だったのだが、RafaがSF君のデータに異様に興味を示していて、その研究紹介に変わった。皆で議論できるのでこれは確かに良い機会になる。しかし。。。SF君には余計な負担を強いることに。
▼ アメリカに渡ってからの初仕事がScience誌に受理された。まだ一年しか経っていないけれど自分としてはとても長く感じた。実際、論文を書いたのは昨年7月ということもあり「ようやく辿り着いた」というのが正直な印象だ。この論文は図1a,bと図S1,2 がGlosterの担当実験。図1c はIlanがデータを供与してくれた。残りのデータ、つまり図2〜5とS3〜S8は私が担当。「equal contribition」なんだけどその辺は明らかに私の英語力の限界のせい。何はともあれとても嬉しいので、さっそくいくつかのホームページのコンテンツを更新。公開された折には、ぜひ多くの人に感動を与える論文であって欲しい。
▼ そういえば薬作で助手をしていたころ、生意気にも「研究費と人力さえ与えてくれればNatureやScienceくらい通せるよ。時間はからないさ」と豪語したことがある。今回ので一応は証明できた。。。のかな? Yusteの力を借りているから本当はこれじゃあダメなんだけど(っていうかNatureやScienceに通すことがそんなに「科学として立派」なことなのかは未だによく納得できていない)。あ、それから是非とも書いておかねばならないことがある。妻のことだ。私の生活を一心に支えてくれていて、普段から「あんたは研究(と趣味)に没頭してさえいれば良い」という状況を作ってくれる。妻の尽力がなかったら、この論文はあり得なかった。本当にありがとう。
Science。fMRIを使って、プラセボ(ニセ薬)の鎮痛薬でも実際に痛覚経路が抑制されることを示した論文。


2月20日(金)
▼ ちょっと興奮しているのか朝早くに目が覚めてしまったので、大学へ行きデータ整理を開始。夕方まで続けて早めに帰宅。最近いやに目が疲れるなあ。
▼ ベイラー医科大学のAndreas Jerominから突然メールがきてBDNFのトランスフェクション法などについてチャット(?)する。
▼ 夜はカーネギーホールへ。小澤征爾指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。曲はベートーヴェンの「英雄」など。小澤征爾のライブは初めて。CDもそんなにたくさん持っているわけではないが彼の曲作りの姿勢には前々からかなり好感を持っている。実際、NYに渡ってウィーンフィルを聴くのはこれで4回目だが今日の演奏がまちがいなく一番良かった。小澤氏の演奏は想像していたよりもずっとダイナミックで、「英雄」の1楽章や4楽章などは潔いアーティキュレーションや対位で曲の立体感を強調してみせたり、また絶妙にテンポをゆらせたりして細部まで神経が行き届いた演奏を聴かせていた。とりわけ2楽章の夢見るような甘美な音作りには思わず涙を誘れる。木管や金管のまろやかで美しい音。ヴァイオリンのアップボウ(上げ弓)の音も優しさがこみ上げるほどに切ないのだ。前半に予定されていた「ヴォツェックからの3つの断章」が「プルチネルラ」に変わってしまったのが残念だったけれど、意外とウィーン・フィルに似合っていた。逆にアンコールのヨハン・シュトラウスの「ウィーン気質」と「雷鳴と雷光」はほとんど反則技だ。こうした曲を演奏させてこのオケに勝る楽団はいないだろうに。感動の一夜。
▼ コンサート後はロックフェーラーまで散歩してレインボールーム(Rainbow Room)で論文祝い。私はマティーニが好きなのだが今夜は変則的にウォッカベース&オンザロックで。ため息がでるほど美しいニューヨークの夜景。
Jamesになんと三つ子が生まれたらしい。女の子3人。
▼ 内外のいろいろな方から論文受理のお祝いメールをいただいた。こんなにたくさんの人から応援&期待されていたのかと思うと思わず目頭が熱くなる。厚くお礼申し上げます。
▼ そんな皆さんの厚意をいきなり踏み潰すようで申し訳ないのだけれども、でもここはやはり、どうしても書いておきたいことがある(すみません)。心を鬼にして二つほど。
▼ 第一に、アメリカのラボからCell、Nature、Science(CNS)に出すのはそんなに難しくない(とくに有名ラボからだと)。Yuste研が有名ラボかどうかは私には判断しかねるが、少なくともこれは謙遜ではない。要はセレンディピティーだ。それに所詮はポスドクの立場だから他人のふんどしで相撲を取っている居心地の悪さはぬぐえない。その意味では純和製のCNS(それもコレスポ)のほうがよほど価値が高い。ただし、私が今回と同じ内容の論文を薬作で書いたら、まあ、おそらく通らないだろう(実験自体は薬作でも可能にもかかわらずだ)。
▼ 第二に、日本ではCNSがあまりに神格化されすぎている。まるで科学の究極の目的はCNSに論文を出すことであるかのように言う人も多い。でも、そんなの科学だろうか。NYマンハッタンの五番街を歩くとショッピング目当ての日本人がウヨウヨいる(私も時折その中に混じっている…)。日本人の「ブランド礼賛主義」も良し悪しでは。もちろん画期的な論文がCNSに多いのは認めた上で言わせてもらえば、Impact Factorが低い雑誌にも優良な論文がたくさん埋もれているのを忘れてはなるまい。つまり私にとって、「アメリカに渡って一つ仕事をまとめた」という意味においては心から嬉しく思う(と同時にホッとしている)が、掲載誌がたまたまScience誌だったということは私にとって(嬉しいけれど)それほど重要ではない。あえて利点を挙げれば、雑誌の名前しかみていない一部の日本人たちが少しは振り返ってくれることくらいか。。。と、めでたい日の翌日なのに自戒の意を込めてちょっと辛辣になってみる。ともかく浮かれている場合ではない。私は次のステップを目指す。
▼ 吉田君の日記。自発活動が「情報コードを支える構造」という意見に賛成。実際、ユステ研は「自発発火の(時空)構造を解析することはひいては脳全体の機能構造の解明につながる」というスタンスで研究している。2/18の日記では舌足らずだったが、つまり「基本モジュールを知らなければ皮質の機能を理解したことにはならないのではないか」と思うわけ。刺激を与えてスパイクを拾ったとして、少なくとも、その時系列のどこまでが基本モジュールで、どこからがモジュールという媒体に乗った「情報」なのかを知っておく必要はある。また、もっと基本的な話として「情報は媒体がなければ情報ではない」という古典的なアイデアを引きあいに出すこともできる。ともかく、こうした考え方が私の研究姿勢で、と同時に吉田君が主張したいこととたぶん同じだと思う。その意味で昨年一年間で私が出会った論文でもっとも面白かったのはこれ
▼ あと、ちょっと話は変わるが、単にパッチ記録で延々とsEPSCを拾うだけ(初心者でもできる実験!)でも、sEPSCの出現タイミングはランダムではなく、そこには繰り返しの構造(モティーフ)が存在していることがわかる。ほんの8分間記録しただけでもそうしたモティーフが8000個近くも検出できるから、逆にいえば、こうした細かいモティーフが複雑に組み合わさってsEPSC時系列全体が出来上がっていることになる(今回受理された論文のFig1がそれ)。なんというかイスラム美術のフラクタル的なアラベスク紋様みたい。で、こういうのって本来の大脳生理学的な意味あいを離れても、純粋なbiophysiocsとして工学的に面白いと思う。ちなみにmEPSPにはモティーフは存在しない。あれは完全にstochasticだ。
Science。うっかり見落としていた(Shimaさんに感謝)。Kolodkinラボ。Nervyというアダプター蛋白をメンバーに加えることでSema1aシグナルのcAMP感受性が(一部)説明できそうだという論文。修論直前で忙しいかもしれないけれどもRXY君は必読だよね。


2月21日(土)
▼ うーん、やはり興奮気味のようで寝られない。またまた早起き。今朝の興奮は小澤征爾の影響もあるかな。ベートヴェン&小澤&VPOの3者が最高にブレンドされた瞬間。すばらしい芸術に出会った時ほど心が揺り動かされることはない。「やはりプロはこうでなくては」と自分自身を振り返ると身が引きしまる思いがする。私の永遠のライバル・ベートーベン(←勝手にライバルにするなって?でも、私にはかなりマジだ)。昨日の英雄交響曲は今の私と同じ年齢のときに作曲された音楽史に残る傑作。う、俺、かなり負けてるじゃないか。くやし過ぎるのでもっとがんばろう。
▼ 午前。日本のほうの確定申告。ネットで文面を作成できるようになったので便利だ。でも最終結果を印刷して郵送という古典的な方法はもう少し改善の余地がありそうだ。なにせアメリカにはA4紙がないのだから(日本から少し持ってきて良かった)。にしても、現時点でほぼ無収入の貧乏ポスドクから、一年間生活できるくらいの多額の税金を取り立てる日本のシステムは不思議だぞ。うーん、どうやったら払えるんだ。留学後に一つもFellowshipに応募しなかったのは失敗だったな。納税のために借金。あ、皆さんも3月15日が申告〆切なのでお忘れずに。
▼ 食事後はメトロポリタン美術館へ。特設展示を観る。「チャック・クロースの版画展(Chuck Close Prints)」と「神話を題材にした版画展」「クレー(Klee)特集」
▼ 帰り道にたまたま見つけたウィリアム・グリーンバーグ・ジュニア・デザーツWilliam Greenberg Jr. Desserts)とかいうケーキ屋で安売りしていたブラウニーを買って帰る。グアテマラ豆のコーヒーを煎れて合わせる。美味い。
▼ 帰宅後はSF君の論文直しと、夜はスライド作り。
▼ はい。NatureやScienceの問題点は論文が短すぎては読み手にストレスを与えること。文字数限定のせいで情報が少ない。もっと細かいことを具体的に知りたいと欲したときにフラストレーションが溜まる。Supplementary Materialはその解決の一つとして現れた。私の論文はさらにこれが突き進み「本文のほうが短い」という逆転が起こっている(どちらが本文なのかもはや不明?)。それでもまだまだ書き切れていないくらいなのだ(うーん結局はNSに限らずどの論文でも程度の差の問題でしかないのかもしれない)。んで、吉田君の日記をみて思った。なるほどね、follow-upの論文を書けばいいのかあ、と。その通り。現時点の私はfollow-upというりよりlevel-upの論文を目指しているのだが、データはすべて日本に持って帰って良いとRafaが言ってくれているので、そしたら追加的なfollow-upも可能かもしれない。
▼ 同じ日記にもう一個だけ反応。「神経ネットワークのとる構造は実はそんなになくて(自由度は予想されるより少なくて)、そのいくつかの可能な構造のあいだを自発状態で遷移している」(←勝手に引用してすまない。まずかったら消去します)。これ正解。これこそが今の私の研究テーマ。1000個以上のニューロンから30分以上も記録していると、それはもう色々なことが見えてくる。何から手を着けて良いかわからないくらいだ(実はこれがここ最近眠れない理由のひとつ。そういえば今回のサイエンス論文でも発見したときは(あれは去年の春くらいだったかな)数日間興奮して眠りつけなかった)。どうやら皮質は物理的構築だけでなく活動構造もモザイク状になっていて、その複数の安定状態(←アトラクターの可能性もあるがもっと流動的のようだ)のあいだを激しくドリフトしているみたい。もちろんランダムではなく。詳しい話はこれ以上書かないけれども(まだ書けない…)一年後くらいには論文になっていると思うので(←これ希望)今しばらくお待ちを。


2月22日(日)
▼ 午前中。スライド作り。完成。
▼ 午後。論文などを読みながらSF君の論文のイントロ書き。
▼ 夜。妻の友人(例の元パリコレモデル)宅へ。牛は避けて豚でシャブシャブ。セリのかわりにクレソンを入れたアイデア鍋は、これがまた美味いの何のって。モデル歩きを実演で付きで習う。旦那はブルース・ウィルスにそっくりでかっこいいのだ。性格もちょークールで、しかも物知り。いろいろと勉強になった。「grammarとglamor」でRとLの発音を直されたが、でもやっぱり私には同じに聞こえる。
▼ 帰宅後は再びSF君の論文。本文はおおよそ形になった。 あとはSupplementary Materialの完成を待つばかり。
▼ NYを舞台とした高視聴率TVドラマ「Sex and the city」。今日で最終回。一般ニュースでもさんざん取り上げられていた。とりあえず録画する。
▼ 「自分の興味ある研究者を見つけて、その人のストーカーになりなさい」か。。。私はRafaに憧れ、アプライしてアメリカまではるばる渡ってきた。つまり今はあのころ夢にまでみた毎日を送っている。もちろん、まだまだ彼には敵わないし、それどころか未だに横にいるだけでこっちが劣等感で一杯になるくらいあまりに雲の上のレベルの人だ(彼の優秀さはコロンビア大で有名らしい)。まあ、焦ってもしょうがないので私は私のペースで日々努力。とりあえずRafaに私の能力を認めてもらっているのが大きな励みになる。
▼ 吉田君、再び情報サンクス。早速ダウンロード。Schwartz。「neural prosthetics(ニューラル・プロステティクス:神経補綴学)」という"際どい"単語は総説のタイトルにぴったり。Annu Neurosci Revでタイトルに使われてその後、市民権を得るようになった科学用語って結構ある。つい最近、JAKさんの論文で「Neuronal Homing」という言葉を持ち込もうとしてあっさり蹴られた私としては、学界に何か新しい用語を導入するのって憧れるな。科学者冥利じゃん。ちなみにSchwartzラボのHPにあるたくさんのロボット&サルの映像(Movie)はけっこう貴重。こういう実験は莫大な研究費が必要なのだ。実際、やはりneural prostheticsの権威であるNicolelisによるあのPLoSだって、この一報に30億円以上注ぎ込んだらしいからなあ。


2月23日(月)
▼ 午前はAndyのプログレス。彼はまだラボに来たばかりなのでデータはなく、プロジェクトの提示にとどまったが、「なるほどね、ああやってproposalするんだあ」と思った。私は英語が不自由なので、自分の研究姿勢と結果で少しずつ周囲を納得させることしかできない。歯がゆい。
▼ 午後はずっとデータ解析。スパイク抽出作業。先日の41分間のムービーの初めの8分までようやく終わる。まだ数日は掛かりそうだ。
▼ RK君の最新の論文がPubMedにリストアップされた。雑誌のHP上ではAiPのページに全文が公開されている。「ジグソーパズル培養」と私が呼んでいる共培養法をもちいて海馬苔状線維の軸索ガイダンスの細胞メカニズム様式に迫ってみた。
▼ 朝刊トップ記事はJFK空港から飛び立った日本行き飛行機の突然の故障。日本でも報道されているかな。
▼ Jasonに「昨日のsex and the cityは見た?」と聞いたら「きれいな女の人を見るのは好きだけど、あれは年取りすぎだ。俺は興味ないな」との返事。妙にウケた。
▼ ラボの学部生の新人。名前はNeil。
▼ 昼に大学構内で大規模なデモ(?)があった。「大学で不当な扱いを受けている」と、多数の有色人種(主に黒人)の学生たちが中央広場に集まって無言で座り込み。胸には「We are silenced」と書かれている。こういうのって私にはなんとも発言しがたい。大学側は平等を謳っていても構内は白人の姿が目立つ。たとえば授業料が高いという事実一つでもバイアスが掛かってしまうのだ(逆に妻の通っているCUNY(←公立)には黒人率がやたらと多いという)。必然的に有色人種はコロンビア大学ではマイノリティになってしまう。アメリカの民主的合理システムの前にはどうしてもこの壁は越えがたい。「自由=不平等の源=つまり不自由。それが嫌ならアメリカを去れ」という図式だ。
▼ ちなみに私はコロンビア大学の教員陣に黒人がいるのを見たことがない(いるのかもしれないけど)。実際、スタッフにはユダヤ人系が圧倒的に多い。そう、私は思うのだ。そもそも、肌の色がどうのこうのいう前に、人の能力には遺伝子レベルで差があるのは仕方がない、と。祖父江さんから聞いた話では、数学オリンピックで上位に喰い込む人はやはり特定の人種が多いらしい。インド人とか。こういうのって教育レベルの差だけでは説明できないと思う。もっとわかりやすい例では、ボクシング世界チャンピョンや世界選手権100メートル決勝に黒人が多いのは誰の目にも明らか。残念だけど人の能力は遺伝子のレベルですでに不平等のようだ。この歓迎しがたい前提を認めないことには結局は議論は堂々巡りするのかもな。あ、もちろん、この話と今日見かけた抗議デモとはなんの関係ない。コロ大にいる有色人学生はすでに様々な困難をくぐり抜けた選ばれし超エリートなのだから(それに彼らの抗議対象は遺伝子の差異ではなく政治的差別や観念的偏見なわけで)。
▼ ところで、コロンビア大学には「先生ランキングの本」なるものがあるらしい。学生たちの投票結果とか評判が詳しく書かれているという。先生も大変だ。少しでも教壇でupdateされていない情報や間違ったことなどを発言しようものなら、(どんなに威厳のある教授でも)その場で「Asshole!」「Boo!」「Go home!」などと学生から罵声の嵐を浴びるらしい。この大学ならではの古い習慣だという。


2月24日(火)
▼ 朝からずっとデータ解析。41分中18分まで終了。
▼ 最近ずっと気になっていた古典的文献(これこれ)を図書室でコピー。でも直後にトイレで落としてしまった…ショック。ところでこのホップフィールド(Hopfield)の論文は「巡回セールスマン問題(traveling salesman problem)」の参考文献としてしばしば引用される。YusteラボではVovanが二光子の焦点位置を自由にコントロールできるスプリプトを完成させたのだが、そこにDmitryiがセールスマン・アルゴリズムを組み込んだので、任意の位置にある被検体(神経細胞)を素早く巡回する二光子顕微鏡が作動するようになった(従来の面スキャン法や線スキャン法では不要な部分まで照射してしまうので時間のロスだけなく退色や細胞傷害など問題が多かった)。私も昨年使ってみたが、たしかにスゴいわ。最先端とはこうでなくっちゃと思わせるものがある。ちなみにVovanもDmitryiもまだ学生。
▼ 妻が友人達とメトへ。今夜はドミンゴが歌っているのだ。私は興味がなかったので遠慮してSF君の論文など。ドミンゴは他の3大テノールとちがいまだまだ現役で歌える。来週はパバロッティーを聴く予定なのだが、こちらはまあ、聴く前からどんなレベルかだいたい想像できるような気がする。
▼ 世の中には「禁句」というものがある。それ言ったら終わっちゃうでしょ、ってな言葉だ。マスコミに様々な議論を巻き起こした千葉すず選手。彼女にいろいろな意味で同情&共感しているんだけど、かつて彼女が放った禁句に驚いたことがある。日本水泳陣の不成績にいろいろと文句をたれるマスコミやスポーツ評論家やお茶の間に向かってブラウン管越しに「じゃあ、(あなたが)やってみてくださいよ!」。あはは、痛快。だけど、これ言ったら終わりでしょ。だって評論家ってやつは、政治評論家、企業評論家、映画評論家、科学評論家、なんでもいいのだけれども、結局は批判を言ったり書いたりするのが仕事で、自分達では具体的に何もできない集団なんだから(間接的には世界を動かせるが)、そんな禁句を浴びせられた日には彼らは仕事を失ってしまう。ディスコミュニケーション。「女心をわかってない!」と啖呵を切られた男と同じだ。
▼ この意味で「ほぼ日刊イトイ新聞」のスタンスにはすごく共感している。筆をもって批判せず。肯定&ポジティブ思考が隅々まで行き届いた風紀(Gould日記でいうレベル4だ)。あれは私の理想像。ただ現実の私がその姿勢を貫こうとしてもなかなか難しいんだけど。。。 ま、ともかく、たとえば千葉すずさんは水泳選手としてやっぱりスゴかったわけで、どうしても評論家が彼女を批判したければ、まずは一定の敬意を払うのが先だと思うな(レベル3)。そうした最低限の礼儀を失したときに、人は代替として「禁句」の脅威を感じなければいけなくなる(レベル2)。私も口先だけの人間にはならないように気をつけなければ。現場の外にいて批判するだけなら簡単だし気楽だもんな。
▼ 実はこれ(↑)は私が科学(や芸術)などのクリエイティブ(実質的?)な仕事こそが自分にとって面白いと感じる理由と深く関係がある。
NN。今回のNat NeurosciはすでにShimaさんがいくつか取り上げてくださっているのでスルー、と思ったが一つだけ。脳切除したてんかん患者を使って海馬と扁桃体のfMRI。感情の絡む記憶とそうでない記憶においてさまざまな相関(記憶そのものあるいは両部位間の相関)を検討したもの。左側が有意に関与するのは何か意味があるのだろうか。KN君は必読。投稿中の論文でも引用する? 興味があったらKaliとDayanによる論文も同じ号にあるのでどうぞ。
PNAS。Callawayラボ。いつものcaged glutamate技術を海馬に応用。今回は(CA3-CA1間で)シナプスを作っている神経ペアを光学的に探すという内容。実はここで見られている鏡像的配置は組織解剖学的解析ですでに知られていたこと。それがFuctionalであったという点のみが新しい。なんだかCa2+ dyeによるOptical Probingの応用版みたいだな。


2月25日(水)
▼ 午前&午後。データ解析。41分中30分まで終了。明日には終わるかな。
▼ 昼休みはSF君の論文。どんどん完成に近づいている。
▼ Blog は「信念・意見表明系」と「観察・啓蒙系」に分類できるという。うーん、私のはどっちだろう。たぶん私のを含め多くのウェブ日記はその両方の要素が混在しているんだろうと思う。でも、「ニコレリスは誤解されている」などと聞けば、私はそれを説明できる立場にいる数少ない人間なんだから、ここはやっぱり日記にちゃんと書くべきなんだろうかと悩んだりはする。日記じゃなくて一般書だったらきっと媚を売った書き方をするだろうな。その方が楽しんでもらえるし本も売れる。もちろんこれこそが誤解の源。
▼ ところで森山さんの日記に以前、「理系は三種類に分類される」という話もあったように思う。自分はこれに当てはまるなあなどと分類した覚えがある。このごろクラスター解析のアルゴリズムをいろいろと調べているので、とかく「分類という行為」に興味がある。なんというか人間ってやつは「分類」すると、それだけでもう理解したような気がしちゃうらしい。いや、分類しなくたってわかったような気になることもある。たとえば、山道を歩いていて美しい花を見かけたとき、不思議と人はこう訊きたがる、「これ、なんていう花?」。なんで名前を知りたがるんだろう、人間とは変わった生き物だ。んで、たまたま周囲に植物に詳しい人がいると「キンロバイ」だよとか教えてくれる。すると、もうわかったような気になってしまう。一体それでキンロバイの何を知ったというんだろう。こう考えると私の研究の最終目的の一つ「神経活動のDecoding」なんて永遠に不可能のような気もしてくる。だって結局は「解釈」の問題なんだから。分類して名前をつけて合目的な説明を与えて。。。スパイク解析とはいわば哲学だな。
▼ 自作自演。昨日のGardenerさんの日記を見てフト思い出した。最近しばらく見ていなかった間に、おお、ずいぶんと進んでるじゃん、2ちゃんねる。あはは。もちろん私は自作自演など一切してないんだけど(書き込みたいことは確かに何度かあったけど)、ご指摘にように身近な関係者がレスしているように感じられる部分は確かにあるなあ(顔まで脳裏に浮かぶ)。おっと、どうでもいいけどHFSPは落ちてないぞ(私には申請資格がない)。出しても通らなかっただろうから結局は同じだけど。なんかこういちいち反応するのもアホらしいか。言論の自由。好き勝ってに書いてもらえればいいや(私以外の人間への誹謗や中傷はダメだけど)。ともかく皆さんの意見や情報は(たまーに)参考なるので、これからも忘れずに時々チェックしよう。
▼ 1 : 0.71。一言でいえば山之内が藤沢を吸収したってこと? うーん、よくわからない。
▼ 天気予報だと今週末からしばらく暖かくなる模様。10℃くらい。やったね。
Nature。p75は共レセプターとしてSortilinという膜タンパクを必要とするらしい。つまりproNGFはこの両者の複合体形成を促すリガンドというわけ(NGFはSortilinには結合しない)。もちろんアポトーシス刺激系のシグナルを走らせる。DiscussionにもあるようにTrkAとp75の両者を発現している細胞ではSortilinの発現が生存or死を決める鍵になりそうだ。
JN。これ面白い。シナプス入力を模したカレントを数や位相を様々に変えながら入力して海馬の錐体細胞がどう発火するかをシステマティックに観察している。シンクロにはstateに応じて促進&抑制の両方向の効果があるという結論。phase-delay indexという指標は初めて見るが、位相効果を調べるのになかなかパワフルなツールかも。ただ実験上仕方がないとは言えSomaにカレントを入力しているので樹状突起上のtemporal summationが無視される。実際のシナプス入力ではどうなるかはやはりわからないまま。
JN。Svobodaラボ。二光子&カルシウムイメージングでactiveなNMDA受容体の数を推定してやろうという論文。CPPをつかってFailure率のプレorポスト要因を巧妙に区別している。シナプスを刺激しても開くチャネルは3個程度とかなり数は少ないらしい。電気生理とは違って「観察しているのはsingle synapseである」という説得力があるが、ちょっとびっくりな結果。ちなみにこの論文は今号の表紙を飾っているが、以前カルロスが作った表紙と微妙に似ているように感じるのは気のせい?


2月26日(木)
▼ 全41分間にも及ぶムービー(20 Gbyte)のスパイク抽出作業がようやく終わった。。。ここ両日はコンタクトレンズも着用できないくらいに目が疲労。PCマウスを操る右手はほぼ腱鞘炎。激しい肩こり。日記をワープロ入力するのも実はツラかった。でも、とりあえずひと段落。っていうか、厳密にはいまスタート地点にたったばかり。さて、どうやって料理していこうか。これからがパイオニアにしか味わえないお楽しみコーナー=醍醐味だ。
▼ 夕方。昨年からずっとマスコミを騒がせていた『パッションThe passion of the Christ)』を観る。公開は昨日だったのだがメッチャ込んでいて(TVカメラまで出動)予約チケットしか買えなかったのだ。聖書は、西洋絵画&音楽&文学を理解するために最低限教養として知っておく必要がある。それが目的で見に行ったのだが、実際には逆で、ある程度の知識がないと観てもわからない部分があった。感想:う〜ん、色々な意味で痛〜い映画だ。もう二度と観たくないかな。公開初日も観客がショックで死んでいるらしい。映画自体はロングカットや移動撮影をあまり使わずに、細かいコマをつなぎ合わせて、フィナーレに向け徐々に盛り上げていく手腕はなかなかだと思う。ゴルゴダの丘のシーンは思わずホロリとくる。ただ、見終わった後に感極まった客席から「ありがとう!」などとたくさんの声が掛かったのだが、そういうのは私にはまだ理解できないかも。キリスト教国家でない日本ではたしてヒットするだろうか。ちなみに、この映画は英語字幕だったので私にもちゃんと理解できて良かった。
▼ でも、いま一番に観たい映画は「パッション」ではなく、もちろん「イノセンス」。私は「ビューティフルドリーマー」も「パトレイバー2」も「GHOST IN THE SHELL」もちゃんと観てる。
▼ っていうか、「エヴァ」もTV初回放送で観ていたし、さらにブンブン丸や池袋サラと対戦するために何度もSPOT21に通ったそんな人間。でもそんな人間って科学界に意外と多いと思う。夜な夜なラボで「同級生2」にのめり込んだあんな頃もあったなあ。っね、MY君。あ、これ内緒?
▼ NeilはSummer Rotationでこのラボに来ることが決定。5月22日から私のコントロール下で実験することに。楽しみだ。彼はまだ大学院3年目なのにもうたくさん論文を書いている。
Science。言語についての特集。


2月27日(金)
▼ 今朝、大学に着いたら腕時計をなぜか二個巻いている自分に気づく。うむ、最近、相当疲れてるなあとは感じていたが。。。でも、まだまだ前進しなければ。これからが肝心なのだ。
▼ 一日中、プログラミング。夕方5時直前に完成してデータを流し込む。ラスタープロットができた。すぐにRafaに見せる。「Fantastic!」との返事。
▼ 5時からのJournal Clubは私の担当。今書いているSF君の論文の内容を話す。概ね好評だった(と思う)んだけど、私の英語力なんとかならんかなあ。アドリブだとほとんど何も話せない。もう一年以上もアメリカいるなんて信じられない実力のなさ、ふぅ。自己嫌悪。
▼ 夜は困憊した体をムチ打ってリンカーンセンターへ。マゼール指揮&NYPでホルスト作曲の組曲『惑星』。このオケに似合いそうだと思って出かけた。オケはいつも通り迫力満点で上手いんだけど、しかし、けっして旨みがある演奏ではなかった。今夜のマゼールはちょっと曲を弄りすぎ。こんなこともできちゃうんだぞ〜的な大道芸人っぽい見せ方としては申し分ないんだけど。むしろ前半にゴールウェイ(フルート)が吹いたコリリャーノ作曲「パイド・パイパー・ファンタジー」という初めて聴く曲が、曲も演奏(演出?)も面白くて良かった。
▼ 吉田君。いろいろとコメントありがとう。発言されている内容は理解できるけれど、深く消化し切れていないので、あらためて日記か直接メールで必ず返事をします。「(入力と出力のあいだの)中間層からのdecoding」は特に無視できない問題だしね。おそらく私の意見もすでに書いてもらっていることと似ているとは思う。ところで新分類学 → 吉田と池谷=二人ともマニック。でも、硬派vs軟派、熟考タイプvsあきらめが早い、丁寧vsほどほどに適当(でも要領はいいかも)、などなどけっこう差がある(と私は勝手に思っている)。例によって分類するとそれだけでわかったような気になってしまう。ともかく身近で私が目標にできる数少ない人物であることはすでに書いた通り(←ラベルを付けてみた)。
▼ Rafaに250GのHDを買ってもらった。これで二個目(一つ目は200Gだったけど)。でも脳スライス12枚とちょっとのデータしか保存できない。
▼ 「Rafa(=Rafael Yuste)って誰よ」なんて質問をたまに受ける。私のボスで今40歳の若き脳科学者。こんな。この写真の背景にある装置は二光子励起レーザー顕微鏡の一部で、彼はそのパイオニア的な存在。二光子顕微鏡が生物観察にも使えることを示したDenkの元で(実はこの論文の出版後もそんなの無理だろうと世間では半信半疑だったらしい)、実際に有用な(つまり、従来の顕微鏡では検出不可能だった)データが出せることを示したのがRafaってわけ。余計にわからなくさせてしまった説明だったかなあ…
N。発達中のinterneuronが皮質内をoutward radialやtangentialに移動することは知られているけれども、この論文はmarginal zoneから cortical plateへ向かってinwardに移動することを示している。神経の種類によって外向き内向きの移動がありそうだ。reelerを使っている。
N。ノックアウトマウスを使って、Presenilin 1がグルタミン酸によるカルシウム上昇に関与していることを示した論文。論文が短すぎることもあって、ちょっとその意味がいまひとつ把握できない。
▼ 疲れているときには古い音楽を聴きながら休むのがよい。今夜はタリス・スコラーズ(The Tallis Scholars)の「ウィリアム・バード(William Byrd)ミサ曲集」。うーん、癒されるねえ。来月末、コロンビア大学内の教会にタリス・スコラーズがやってきて同曲を歌う。聴きたいんだけどチケットが高いのでまだ迷っている(たしか$37)。


2月28日(土)
▼ なんだか早く目が覚めてしまうこの頃。朝からSF君の2報目の論文の最終チェック。昨日ラボメンバーからもらったコメントも組み込んで、昼過ぎにはJ Neurosciのオンライン投稿に漕ぎつける。小さな論文だけれど従来の通説を覆す画期的な記述が一部含まれている。その部分は大絶賛か完全拒絶かのどっちかだろうな。まずはRafaとVovanは賛同してくれた。JNの審査員はどう反応するだろうか。賛成派に当たってくれればもっとレベルの高い雑誌も余裕でOKだろうが。
▼ 午後は明日用の買い出し。まずは「バーナー・グリーングラス(Barner Greengrass)」で名物のスモークサーモン(Eastern Nova Salmon)を仕入れる。ここのは最高に美味い。誰もがうなる天下一品。つづいて「ゼイバーズ(Zabar's)」でチーズやハム、パン、野菜などを仕入れる。あとは近所の「West Sideスーパー」でパストラーミ(←これも絶品)や果物、野菜を入手。帰宅後、思わず我慢できずに買ったばかりのパルマ・ハムをワインと合わせていただいてしまった。
▼ その後はプログラミングなど。
BPJ。SF君の初論文がようやく公開された。掲載雑誌は生物物理系だけど内容は薬理学。薬効の評価に「Spike Fidelity」という新規パラメーターを持ち込んだ。この論文は合原一幸先生の論文(←当時の時代背景を考えると相当に画期的な論文!)の知見をふんだんに利用させて頂いているのだが、そのラスト著者の「Yuji Ikegaya」は私ではありません(あたりまえか…)。その頃、私は高校生で「カオス(Chaos)」の定義すら知らなかった。科学界のみならず全国でも数少ない同姓同名なので一度お会いしてみたい。
▼ 今回のYusteラボのアルゴリズム探しの過程では記憶の片隅に追いやられていたけれど、実は昨年、上記のBPJの論文を書くときに、ChaosやComplex SystemについてのHPを探そうとサンタ・フェ研究所あたりから辿っていくつかのサイトを調べていて「No Free Lunch Theorem」とか「Ugly Duckling Theorem」のことを知った。個人的には「Goedel's Incompleteness Theorem」を知ったときくらいの衝撃があったし、同時に「じゃあ、なんでもいいってことか」と思えば楽にもなった。ただ現実問題(=世俗的問題)として神経科学の論文を書くときに「どんな方法を使ったって所詮は…」というスタンスでは多分受理されないわけで、やっぱり問題は(おそらくいつまでも解決できないまま)ついて回るんだろうなあ。。。ともかく吉田君のコメントには徐々に返答をしていこう。これは約束。
▼ っというか、この話とは別に、年末くらいから「もう日記を止めよう」とも思い始めている。妻には「(帰国までどうせ)あと少しなんだら最後まで続けたら」と励まされているが。。。(ちなみに妻はこの日記を読んでいない)。当初この日記は個人メモとしてスタートし、今でも基本的にはその範囲を出ていないんだけど、予想外に“メモ効果”が大きかったのだ。たとえば、分野内の研究などでいろいろな説や理論が乱立していて解りにくい状況になっていることがある。そんなときは日記に書くとスーっと頭が整理されて見通しが良くなるのだ。霧が晴れたかのように物がよく見える。しかし!これこそが私の恐れていたことなのだ。頭が整理されると、今度は逆に、それ以外の方法で考えることができなくなってしまう。自由な発想や推考の道が失われてしまうのだ。日記を書き始めてからちょうど半年だが、この間に自分の思考パターンがひどく頑固&画一的になってしまったように私は感じている(『海馬』(朝日出版)のP161にある「牛?」の模様を見てしまうと、牛にしか見えなくなってしまう、そんな感じ)。「記憶力の良い人は想像力がない」とはホント明言だな。私の研究スタイルをわきで見ていたYusteラボのメンバーが非常に驚いていたことがある。「なんとガヤは作業仮説を立てないまま実験をするんだよ!」と。日本でもアメリカでも大学では「研究において作業仮説がいかに重要か」をとても強調して教育している。ところが周囲の人に言わせると、私には「あるべきはずの作業仮説がない」というのだ。私のやり方は、「こうすればきっとこうなるはずだ」という仮説をたて実験するよりも、むしろ「何が起こるかわからんがともかくやってみようぜ」という方法である。そして後から「何がおこったのか?どうしてそうなったのか?」を考える。今まで私は自分なりのやり方で研究を進めてきたので、逆に皆が驚くことに私のほうがむしろ驚きだったのだが、そう言われてみれば、私の指導する学生達は「ガヤは何を考えているか読めない」と感じているようだったし、「」なのはたしかに私の方なのかも知れない(実際に、私は研究計画書(←作業仮説のオンパレード)を書くのが苦手&嫌い)。でもそれを私の個性と捉えてもらえれば、「時間きっちり無駄なく生産性の高い仕事」(こう言ってもらえたのはとっても嬉しい!!!)というより、実際には「すでに割いてしまった時間を無駄にしないために後から取り戻そうとその意味付けにあがく」ということなのかもしれないな、などと自己分析してみたり。今日投稿したSF君の論文も大部分は後からとって付けたストーリーだし、実生活面でもそんな感じ。たとえば渡米して英語で苦労したら、それを別な方法で活かせばよい(本を書く(汗))とか。ま、ともかく、『まずは行動し、あとでその意味を必死に創造する』という変テコな生き方の人間にとって「日記」というのは意外なほど弊害が多いのではというのが最近の私の感想なのだ。


2月29日(日)
▼ 夕方から我が家でちょっとしたパーティー(?)。つまり飲み会。アカデミー賞の授賞式などを見ながら。LOTRが11部門独占。すげえなあ。
▼ アメリカの良いところ:スーパーで買い物をすると、レジの人がすべて買い物袋に詰めてくれること。アメリカの悪いところ:それ故にレジはいつも長蛇の列。そして、帰宅すると買ったイチゴが下の方で押しつぶされている。

(2004年)

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